わたしではなく、神が | 創世記 41章

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創世記 41章

ヨセフはファラオに答えた。
「わたしではありません。神がファラオの幸いについて告げられるのです。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 41章16節

わたしではなく、神が

ヨセフが、エジプトに売り渡されてから13年が過ぎ、彼はもう30歳になっています。まだ彼は獄中生活を続けています。しかし、ある日突然、彼は牢獄から連れ出され、身なりを整えさせられて、ファラオの前に立たされることになりました。

ヨセフが引き出されたのは、王が見た奇妙な夢のためでした。その夢は、よく肥えた7頭の雌牛と、それを食い尽くす痩せた雌牛の夢。さらには、よく実った7つの穂とそれをのみ込む干からびた7つの穂の夢でした。エジプトの知者は誰もこの夢を解くことができませんでした。その時、給仕役の長が2年の間忘れていたヨセフのことを思い出して、王にヨセフのことを話します。王はヨセフに見た夢を解くように命じます。

そこでヨセフは獄中の生活を支えてきた信仰を言い表します。それは、「わたしではなく、神が」という信仰です。夢の解き明かしでも、「神が」は繰り返し語られています(25、28、32節)。

「わたしではなく、神が」。これは神への信頼に立つ信仰であり、一切の栄光を神に帰する信仰です。私たちもこの信仰に生きます。

橋谷 英徳(関キリスト教会)