主が確信を与える | 使徒言行録 16章

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使徒言行録 16章

パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 使徒言行録 16章10節

主が確信を与える

神の御業が始まろうとしています。私たちは主に従わなければなりません。

それにしても、神の御業はいつも私たちの思いをはるかに超えています。一見すると、神のために立てた計画が遮られたように思うことがあります。神に従い、良かれと思って行動しているのに、思うような結果が見えず、道を間違ったのかと悩むこともあります。

けれども、神のなさることは、いつでも私たちの思いを超えて最善です。そして、この時のためであったと知らされる時が必ず来ます。全てを支配しておられる神が働いてくださいます。神が召しておられるからです。むしろ私たちの思惑が打ち砕かれ、行き詰まる時こそ、神の御業が起こります。

そうしますと、私たちは順境の時にも逆境の時にも、なお神の御手の中にあると信じることができます。主が与えてくださるのは、私がいつもあなたと共にいる、という約束です。きょうという日も、神が共にいてくださいます。主が示しておられるところへと、出発しましょう。主の祝福がありますように。

後登 雅博(高蔵寺教会)