この戦いは主のものだ | サムエル記上 17章

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サムエル記上 17章

「全地はイスラエルに神がいますことを認めるだろう。主は救いを賜るのに剣や槍を必要とはされないことを、ここに集まったすべての者は知るだろう。この戦いは主のものだ。主はお前たちを我々の手に渡される。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 サムエル記上 17章46節~47節

この戦いは主のものだ

少年ダビデの前に、身長3メートル近い巨人ゴリアトが立ちはだかっています。ダビデは「お前は剣や槍や投げ槍でわたしに向かって来るが、わたしは…万軍の主の名によってお前に立ち向かう」と言って、ゴリアトに近づきます。ゴリアトが巨体をうならせて身構えると、ダビデは小石を取り出し、身を低くしてゴリアトに向かい、石投げ紐を使って石を飛ばします。その石は真っ直ぐ線を引くようにゴリアトの額を直撃し、ゴリアトは音を立てて地面に倒れ伏しました。倒れたゴリアトに近づくと、ダビデはゴリアトの剣を取ってとどめを刺します。こうして、ゴリアトとの一騎打ちはダビデの勝利となり、ダビデは勇敢な戦士としてイスラエルに知られることになりました。

劇的で手に汗握る出来事であるだけでなく、信仰者を慰め、励ます出来事です。信仰者の戦いは主の戦いであり、たとえ巨人が壁のように立ちはだかるときでさえ、主の勝利は揺るがないものなのです。主イエスはおっしゃいます。「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハ16章33節)。

望月 信(鈴蘭台教会)