神の愛と憐れみの現れ | テトスへの手紙 3章

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

テトスへの手紙 3章

わたしたちの救い主である神の慈しみと、人間に対する愛とが現れたときに、神は…御自分の憐れみによって、わたしたちを救ってくださいました。
日本聖書協会『聖書 新共同訳』 テトスへの手紙 3章4節~5節

神の愛と憐れみの現れ

主なる神の愛は、私たち人間の悪意やさまざまな罪の中においても惜しみなく発揮されます。その愛の救済行為は、救ってやろうというようなお心ではありません。神の愛とは抑えきれないほとばしりの表明です。

神は自由と尊厳の中で「わたしたちの救い主である神」であることを欲しておられたのです。そのことは、イエス・キリストが人間としてお生れになられたことで分かります。私たちが少しでも良いことができるならば、私たち人間の良さや素質とは一切関係なく、ただ創造者の慈しみによることを知ります。

この愛と慈しみの行為において、キリスト者は罪の諸悪から解放されて、その神の自由において御国へと移されるのです。このことは決して逆転できない方向性を持っています。その救いにあずかった者は、神の人間に対する愛に促されて自らの生き様を通して証しするほかありません。

讃美歌262番の1節に「神の義と愛のあえるところ」という歌詞があります。神の憐れみは私たちの罪の赦しのために御子を十字架に架けられる義と愛となりました。

パウロの宣教の言葉は神の愛の命令です。後輩のテトスを、「父である神とわたしたちの救い主キリスト・イエスからの恵みと平和」(1章4節)に委ねて、祝福しています。

【祈り】

礼拝の終わりの派遣と祝福において、神の恵みと平和を祈ります。

中山 仰(花見川伝道所)