いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井献です。
新約聖書の福音書を読むと、イエス様は、ファリサイ人といわれるユダヤ社会のエリートを、「偽善者である」と激しく非難しておられます。
ルカによる福音書12:1節以下ではこう語っておられます。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。覆われているもので現されないものはなく、隠れているもので知られずに済むものはない。」
ファリサイ人の罪、偽善とは、上手に隠すことにある。悪を、あるいは人に知られると都合の悪いことをうまく隠し、自分をよく見せかけることにある。そうイエス様は非難なさったのです。
自分のつごうの悪いことを隠すことは、誰もがしていることかもしれませんね。しかし、旧約聖書の創世記、3章以下に書かれている人の罪と堕落の出来事を読むと、罪を犯して堕落した人の姿は、隠しごとをするようになったことにあると教えています。
禁断の木の実を食べたとたん、アダムとエバはいちじくの葉で腰を覆って隠しました。神様がおいでになると木の陰に隠れました。
「木の実を食べたな」と神様がアダムに問うと、女のせいにして自分の行なったことをごまかそう、隠そうとしました。
隠しごとは誰にでもあり、日常的なことであるかもしれません。けれども隠さねばならないことがあること自体、悲しい人の姿です。また、ごまかせる、隠せると考えることは愚かなことです。イエス様は、このような態度、生き方を偽善であると厳しく非難なさいました。聖書を読み、教会に行き、ごまかしのない生き方、神と人の前で堂々と生きる者となってください。
いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井献です。
今日は土曜日です。聖書を読み、ご一緒に祈りましょう。
聖書の箇所は、新約聖書、テモテへの手紙一の6章11節です。
「金銭の欲はすべて悪の根です。金銭を追い求めるうちに信仰から迷い出て、さまざまのひどい苦しみで突き刺されたものがいます。しかし、神の人よあなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。」
お祈りをいたします。
「主イエスキリストの父なる神様、貴いみ名を讃美いたします。私たちは、日々の生活のために労苦し、働いていますが、さまざまな誘惑のために罪を犯すものです。わたしたちは、生きるために金銭を必要としますが、み言葉のように、金銭欲のために貴い生涯を罪と悲しみに満ちたものとしてしまうことでないようお守りください。
そのためにも、正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求める者にいよいよ作り変えてください。そして永遠の命を得るために日々労苦し、キリストの御後に従う者とならせてください。
イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。アーメン。
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