1998年9月1日(火)「キリストによる安息」

三郷教会牧師 持田浩次

 お元気にお過ごしですか。埼玉県三郷市にあります三郷教会の持田浩次です。
 その昔、イスラエルの民は、430年ものあいだ、エジプトに移り住んでいました。最初は外国のお客さんとして扱われていましたが、だんだん人口が増えてきて、時代も変わってくる中で、奴隷として働かされるようになりました。
 きびしい労苦に耐えかねたイスラエルの民は、神様に祈りました。 そして、神様はその嘆きを聴いて、モーセという指導者を立てて、エジプトから救い出したのです。こうしてイスラエルの民は、奴隷の労苦から解放されて、安息の地・カナンに帰ってきました。
 このことは、キリストの救いを象徴的に表しています。罪と死の奴隷となっている私たちを、キリストは十字架の救いによって解放し、神の国という安息の地に導いてくださっています。あなたの重荷をキリストにゆだねてください。必ず、イエス様はあなたの身も心も休ませてくださいます。
 今日の聖書の言葉、イエス・キリストの言葉「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしのくびきを負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」マタイによる福音書11章28節〜30節(新共同訳

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1998年9月2日(水)「一羽の雀さえ守られる主」

三郷教会牧師 持田浩次

 お元気にお過ごしですか。埼玉県三郷市にあります三郷教会の持田浩次です。
 教会の庭木に、毎朝、たくさんの雀がやってきて、ピーチクパーチク、とってもにぎやかです。
 この雀を見ていて、いつも思い出す聖書の言葉があります。新約聖書マタイによる福音書の10章29節から31節の言葉です。
 「二羽の雀が一アサリオンで売られているではないか。だが、その一羽さえ、あなたがたの父のお許しがなければ、地に落ちることはない。あなたがたの髪の毛までも一本残らず数えられている。だから、恐れるな。あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。 」という言葉です。
 イエス様の時代には、市場で二羽の雀が一アサリオンで売られていました。一羽では値段にならない、それほどの価値しかないということです。
 しかし、そんな一羽の雀さえ、神様に覚えられ、守られています。 まして、私たちに対しては、神様は雀以上に覚えてくださっています。あなたの髪の毛一本さえも、神様の許しがなければ、地に落ちることがないほどに守っていてくださっているのです。今日も、神様はあなたを愛しておられます。
今日の聖書の言葉、イエス・キリストの言葉
「だから、恐れるな。 あなたがたは、たくさんの雀よりもはるかにまさっている。」マタイによる福音書10章31節(新共同訳

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1998年9月4日(金)「平和を実現する人々は幸い」

三郷教会牧師 持田浩次

 お元気にお過ごしですか。埼玉県三郷市にあります三郷教会の持田浩次です。
 人がふたり以上集まるところには、必ず人間関係が存在します。 そして人間関係には、いろいろな問題が起こってきます。そしてそこでカギになるのは、問題が起こるか、おこらないかではなく、起こった問題にどのように解決していくかということにあると思います。
 イエス様は、「平和を実現する人々は幸いである」と言われました。「平和」とは自然に存在するものではなく、実現するもの・創り出すものです。人と人、国と国が関わりを持たずに生活しているだけでは、平和は実現しないのです。
 平和を実現する上で大切なことが二つあります。一つは、今保たれている平和を壊さないことです。平和を保つには、それなりの努力とエネルギーが必要です。もう一つは、壊れた関係に入っていって、平和を作り上げることです。
 イエス様は、神と人の壊れた関係を修復し、人間関係を修復してくださる「平和の君」です。キリストによって神様との平和を取り戻すと、そこから壊れた人間関係を修復する力と勇気と愛を受けるようになります。あなたにも神様の平和が実現しますように。
 今日の聖書の言葉、イエス・キリストの言葉「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」マタイによる福音書5章9節(新共同訳

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1998年9月5日(土)「お祈り」

三郷教会牧師 持田浩次

 お元気にお過ごしですか。埼玉県三郷市にあります三郷教会の持田浩次です。
 今日は土曜日、お祈りの日です。ご一緒にお祈りいたしましょう。 はじめに聖書をお読みいたします。
 「『されこうべ』と呼ばれている所に来ると、そこで人々はイエスを十字架につけた。犯罪人も、一人は右に一人は左に、十字架につけた。そのとき、イエスは言われた。父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」ルカによる福音書23章33節と34節のみ言葉です(新共同訳)。
 イエス様は十字架の上で、自分をあざけり、ののしる人々のために、その罪を赦してあげてほしいと祈られました。私たちも人の罪を赦すことができるようにお祈りいたしましょう。
 「恵みぶかい天の神様、尊いお名前を賛美いたします。イエス様、十字架の上で私たちみんなの罪が赦されるようにお祈りしてくださってありがとうございます。どうか私たちもイエス様のように自分に罪を犯す人のためにお祈りすることが出来るように助けてください。このお祈りをイエス様の御名によってお祈りいたします。アーメン。」

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