2000年12 月31日(日)

「20世紀の終わりの日に」

山梨栄光教会 関口 康



 おはようございます。山梨栄光教会の関口です。
 クリスマスも無事に終わり、今日は20世紀最後の日、大晦日を迎えています。
今日一日のうちに私達がなすべき事は、今年1年間の反省、というだけではなく、過ぎ去りし20世紀というこの100年間についての反省、いや、もっと大きく言えば、過ぎ去りし2000年というこの長い歴史全体についての反省でなければならないような、そんな気持ちにさせられる、そのような記念すべき年の大晦日を迎えているような気が致します。

 けれども、私達は、そんな事をいくら考えてみましても、実際に今日一日で出来る事には明らかに限界があると思います。朝起きて、服を着替えて、ご飯を食べて、家庭の中で、職場の中で、今日なすべき事をなす事ができる、ただそれだけです。

 やがて今日も夜を迎えます。早々と眠ってしまう方もおられるかもしれません。でも、おそらく多くの人々は、夜の12時を迎えるまで起きているのではないでしょうか。この年の、この世紀の終わりの日を最後まで楽しみ、新しい年の、新しい世紀の訪れを自分の目で見たい、自分のこの体で感じたい、と思いながら、ずっと起きている人達は少なくないと思います。

 けれども、そのとき、たぶん、私達の身にとくに変わった事が起こるわけではありません。天変地異が起こるわけでもない。その瞬間に稲妻が鳴り響くわけでもない。私達の日常生活は、今日も明日もほとんど変わりなく、淡々とした時間を過ごして行く他はないだろうと思います。

 いやいや、そんな事はない。今まさに世界は大きく変わりつつあるのだ。今日が終わり、明日を迎える時に、世界の歴史は大きく塗り替えられるのだ、とお考えの方もおられるかもしれません。そうであればよいのに、と私自身も考えないわけではありません。けれども、私達のそのような願いは、おそらく裏切られるに違いないのです。

 しかし、私は、今日この放送を聞いておられるあなたに、ぜひお伝えしておきたいお話があります。それは、たった一日で、人生のすべてが変えられた人の話です。

 イエス・キリストが十字架に架けられた日の事です。何の罪もないのに十字架の上に手足をくぎ付けにされているイエス様の隣に、重罪を犯した末に十字架に架けられた二人の犯罪人が並べられました。一人のほうは、十字架に架けられているイエス様を見て、「お前はメシアではないか。自分自身と我々を救ってみろ」とののしりました。ところが、もう一人の犯罪人は違う事を言いました。「お前は神をも恐れないのか、同じ刑罰を受けているのに。我々は、自分のやった事の報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪い事をしていない」。そして、「イエスよ、あなたの御国においでになる時には、私を思い出して下さい。」と言いました。

 すると、イエス様はこの人に言われました。「はっきり言っておくが、あなたは今日私と一緒に楽園にいる」。イエス様を心から信じ、受け入れた人は、それまでどんな大きな罪を犯してきた人であっても、一日にして赦されるのです。一日にして人生は変わるのです。もしも今日、20世紀の最後の日に、あなたがイエス様を受け入れるならば、あなたの人生は、今日、変わるのです。

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