ラジオとわたし

埼玉県入間郡三芳町 小林啓一

 主の御名を賛美します。
 わたしが教会にいくことになったきっかけは、大学2年生のときに『あすへの窓』をラジオで聞いたことでした。当時は大学で哲学を専攻していたわたしは「自己」「他者」「世界」などの難しい言葉に突き当たっていて、それを理解するために本を読んで、自分の都合のよいように解釈し理解したような自己満足するだけだったと思います。この頃は青年期にありがちな独我論的な思想に傾倒する時期だったのですが、過去の思想家たちがつくった独我論の思想を喜んでいるだけの、くだらないものだったので、むなしいような、つまらないような時期でした。
 ちょうどそのような時に、FEBCというキリスト教放送局があることを知ったわたしは、なんとなく興味をもちました。最初は「ああ、こんな考え方している人たちもいるんだな」というぐらいの気持ちで聞いていました。しかし、何週間か聞いているうちに、教会の皆さんが羨ましい気持ちがして、いつか教会に行ってみようと思うようになりました。『あすへの窓』では、希望者に対して教会紹介を行なっていたので、わたしは紹介をしてもらえば教会に行きやすいと思い、紹介をお願いしました。そこで紹介されたのが、自宅がある三芳町の隣の新座市にある新座志木教会でした。そして教会の礼拝に参加するようになったのです。
 礼拝で先生の説教を聞き、教会の皆さんと交わるにつれ、今までわたしは、つまらないことばっかり考えていて、重要なことは何も考えていなかったと思うようになり、わたしは独りで存在しつづけることなどできるわけがない、わたしもわたしのまわりの世界も神さまなしには存在することができるわけがない、と確かに感じるようになりました。独我論などは単に理屈をこねまわすだけの愚かな理論であり、本当に必要なことを、する意思こそが問題なのだ、と思うようになりました。
 そして神さまは御言葉と御霊によってわたしを信じる者へと導いてくださいました。わたしが神さまの前で罪ある者であるということ、神さまの御子であられるイエス・キリストは信じることによってそこから救ってくださるという恵みを与えてくださるということ。それらを信じてわたしは御言葉にしたがう意思をもつことが必要であると知りました。
 こうしてわたしは礼拝後にもたれる求道者クラスで、先生と相談し、教理を学び、昨年のクリスマスに洗礼を受けることができました。今後は数々の誘惑に負けず、洗礼を受けたときの決意を大切に守り続けることがわたしの課題であると思っています。

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