ラジオとわたし

  千葉県流山市 佐々木冬彦

 僕は子供のころ、自分の口で人に物事を伝えるのがものすごく苦手で、話すのがかなり下手でした。親によく「おまえはいつも何を言おうとしているのかさっぱりわからない」と言われて、悲しい思いをしたものです。そのうえ、かなり人見知りする性格でした。ですからごく限られた友だちと遊ぶほかは、もっぱら一人で絵を書いたり本を読んだり、といったことを好む子供だったと言えます。
 そんな僕に、今からちょうど20年前、小学校6年生の時ですが、もう亡くなった祖父がラジオを買ってくれました。当時はBCLブームでそのラジオも短波放送まで入るなかなかいいものでした。そしてそれからはラジオから流れて来る生きた人間の声々々・・・の中に身を置くことによって人恋しさみたいな気持ちを慰めるようになりました。そんな中で出会った番組が「あすへの窓」でした。
 僕は小さいころから(あるいは小さかったから)「神さまは絶対いる」と思っていました。その神さまはどんな方でどこにいるかはわからなかったけれど、でも人にうまく言えないことはみんな[きっとどこかにいる神さま]に話していました。しかし僕は肝心の相手のことは何も知らなかったのです。だから神さまのことをいろいろ知りたかったのでしょう。いつのまにかこの番組は毎日欠かさず聴くようになっていました。
 日曜日の晩は石井先生のメッセージを聞いて(6年生の男の子にどれくらい理解できていたか今思うと定かではありませんが)「きっと礼拝ってこんな感じなんだろうなあ」と想像したり、なみ子さんのトークから伝わる教会の雰囲気に「あったかそうだなあ」と憧れたりして、番組に教会紹介をお願いし、中学1年生のとき、今通っている教会に導かれました。洗礼を受けてクリスチャンになったのはその2年後です。
 「ラジオと私」ということではもうひとつ。人の声を聞くのも好きでしたが、ラジオで僕はすっかり音楽好きの音楽少年になってしまい、気がついたら今は何とか音楽で食べています。ひとつの小さなラジオをとおして神さまがなさった不思議なみわざを覚えます。

ani_back.gif (8311 バイト)

home.gif (2726 バイト)

イベント案内 キッズ・コーナー 出版物案内 キリスト教通信講座 コンタクト
ラジオとわたし 教会紹介 藤城清治影絵 ウェストミンスター小教理 リンク集