2007年1月12日(金)栄光に至る苦難

いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井献です。
ヨハネ福音書16章33節を読むと、十字架におかかりになる前夜、イエス様が弟子たちに語った最後の言葉は次のようなものでした。
「あなたがたには世で苦難がある。しかし、勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている。」
教会と信徒は世においては必ず苦難があるというのですが、この苦難という言葉は特別な意味があります。ローマの信徒への手紙5:3に次のように使われています。
「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません。」
必ず希望にいたる苦難です。

なぜ最後は希望にいたるのでしょうか。イエス様は「わたしはすでに世に勝っている」と断言し、十字架に向かわれました。そしてその言葉どおり、罪に勝利し、命の君として天上にあげられ、今神の右に就いておられます。
このイエス様が教会のかしら、またわたしたちの救い主です。この栄光のキリストに、教会もわたしたちも信仰によってあずかり、一つにされています。
それゆえ、この世で苦難に与るとすれば、キリストがそうであったように、栄光にいたる苦難なのです。

普通わたしたちが経験する困難は、先の見えない苦しみです。しかし、キリストにあっては、罪と死に勝利し、永遠の命に生きるための苦難です。どうか教会に行き、救い主キリストを得てください。