2008年2月18日(月)仕える心

ご機嫌いかがですか。勝田台教会の安田恵嗣です。

今日の箇所は、主イエスを中心とした生活を作るということをお話ししたいと思っています。主に従う者として自分の生活を作ることは、自分を殺すことでもなく、自分を無視することでもありません。主イエスは、自分を大切にしてくださいます。そのことを忘れないようにしましょう。

主イエスは、マルコによる福音書の10章45節で言われました。「人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」。主がご自分の十字架の死の意味を、多くの人々の身代金のことだと説明されました。そのためにこそ主が身代金を、ご自分の命をもって支払ってくださり、解放してくださったのであります。自由にされたのは私たちの方です。だからこそ、私たちは主イエス・キリストによって罪から解放されたのでありますから、主のために自分を大切にする生活を作っていかなければなりません。今、自分に与えられています生活について私たちは、いろいろと文句を言いたいことがあるかもしれませんけれども、先ず喜んで受け入れるところから始めなければなりません。なぜならば、そのような私たちを主は罪から救い出してくださったからであります。主が先ず、私たちを愛してくださいます。その愛されている自分をどうして私たちが愛さないというようなことがあるのでしょうか。

私たちは、仕えてもらうことが本当に苦手です。けれども、喜んで仕えてもらうのです。痛みを共に担ってもらうのです。一方的ではなく、支えてもらうのです。これはまことに素晴らしい恵みだと思います。