2008年10月14日(火)共におられる神

いかがお過ごしですか。新所沢教会の長石です。
先の見えない現代にあって、子供たちの将来は一体どうなるのかと不安を覚えずにはおられません。戦争のない平和な社会、格差のない平等な社会、希望に満ちた豊かな社会を願う者ですが、ではそれが実現するなら人間は幸福になれるのでしょうか。

聖書は、人間の究極的な至福の状態を一つの言葉で表現しています。それは「神が共におられる」という状態です。神が共にいてくださること、すなわち神と命の交わりを頂くことは、人間本来の究極の目的です。
事実、最初の人間が置かれたエデンの園は、神と交わるために与えられた楽園でした。園の中央にあった命の木も、麗しい男女関係も、魅力的な仕事も、もし神が共におられないなら、それらは全て空しいのです。神を否定してそれらを求めた人間を、再び神へと立ち返らせるために、神はひとり子をこの世に遣わされました。

イエス・キリストの人格と生涯には、文字通り「神は我々と共におられる」という事実が見られます。そして私たちがキリストを救い主と信じる時、私たちは神との交わりを回復し、永遠の命を頂きます。そして「神は我々と共におられる」という事実を、身をもって経験するようになるのです。
教会の礼拝が天国の先取りと言われるのは、キリストにあって永遠の神と交わるからです。あなたも是非、礼拝に出席してください。