2009年7月21日(火)地の塩・世の光(2)

ご機嫌いかがですか。安田恵嗣です。
マタイによる福音書5章において主イエスは、「あなたがたは地の塩、世の光である」と語りかけておられます。主イエスのもとに集まっています人々は、「地の塩」であると共に、「世の光」でもあります。

この光の特徴は、「隠れることができない」ことです。パレスチナ地方にあります特徴的な「山の上にある町」は、どこにもその姿を隠すことができません。また人は、「ともし火」を升の下ではなく燭台の上に置いて、家中を照らすようにします。同じようにキリストと関わります者が身に帯びる光は、隠れることができず、また隠してしまったら何の役にもたちません。キリストの光は、必ず言葉と行動によって世に示されるべきものであります。

すでに塩であり、光であります「あなたがた」に「光を輝かしなさい」という命令が与えられます。主イエスは、「あなたがたが光を」とは言われません。主イエスが期待するのは、自らが光を輝かせることではなく、すでに与えられています光を覆って隠してしまわずに人々の前に示し、その光の出所を指し示すことなのです。
そのときに、人々は「あなたがたの立派な行いを見て、あなたがたの天の父をあがめる」ことができます。あなたが主イエスとの関わりに生きようとするときに、光は与えられていて世に輝き始めるのです。