2010年6月24日(木)まことの羊飼いのように

いかがお過ごしでしょうか。東京教会の今井 献です。
マタイによる福音書18章には、天の国、すなわち教会の中での信徒同士のあるべき姿が、イエス様の教えをとおして記されています。その教えの一つが10節、「これらの小さな者を一人でも軽んじないように気をつけなさい」です。人の目には無価値で役に立たない者と見えるかもしれない小さい者を軽んじてはならない、ということです。
この教えを理解させるため、イエス様は百匹の羊のうち、一匹が迷い出たならどうするかというたとえ話しをいたしました。すなわち、羊飼いは、九十九匹を残して一匹を探しに行く。そして、失われた一匹が見つかったなら、九十九匹よりもその一匹のために喜ぶ、というお話しです。

このたとえ話をとおしてイエス様が教えたいことは、教会とはこの羊飼いのように、失われそうになった一匹を見つけ出して連れ戻すところでありなさいということです。ルカ福音書15章にもほとんど同じたとえ話が出てきますが、そこでは、失われた羊を見つけ出して喜ぶ羊飼いとはイエス様のことです。

しかし、マタイ福音書では、教会の中での信徒同士のあるべき姿が羊飼いにたとえられています。すなわち私たち一人ひとりが、小さな者を軽んじてはならない、失われた一人を神の前に連れ戻す者でなければならないということを、イエス様は教えたいのです。
信徒同士の交わり、すなわち聖徒の交わりがこのようなものであれば、キリストにある救いの恵みが実現してることになります。ここに教会の魅力があります。