2016年3月22日(火) 十字架の死の意味

 いかがお過ごしでしょうか?埼玉県羽生市にある羽生栄光教会の村田寿和です。
 今週は、イエス・キリストの苦しみと十字架の死を覚える受難週です。

 イエス・キリストは、今からおよそ2000年前、エルサレムで、ローマの総督ポンテオ・ピラトによって裁かれ、十字架に磔(はりつけ)にされました。イエス・キリストは、ユダヤの処刑方法である石打の刑ではなくて、ローマ帝国の処刑方法である十字架に磔にされました。このことの背後にも、神様の御計画がありました。神様が、イエス・キリストを十字架の死へと引き渡されたのです。

 旧約聖書の申命記という書物の中に、「木にかけられた者は、神に呪われたもの」であるという御言葉があります(21:23)。「木にかけられた者は、神に呪われたもの」である。この聖書の言葉を知っていたユダヤ人達は、十字架の死をひときわ恐れ、忌み嫌いました。十字架に磔にされた者は、神様に呪われて死んでいくと彼らは考えたのです。
 そして、ここに、イエス・キリストが十字架に磔にされて死んでくださった理由があるのです。すなわち、イエス・キリストは、呪われたものとして、十字架のうえで死んでくださったのです。

 イエス・キリストは十字架に磔にされ、死んでくださることによって、私たちに代わって律法の呪いを受けてくださいました。ですから、イエス・キリストを信じる者は、呪いではなくて、祝福の中を歩んで行くことができるのです。