2017年8月6日(日) 見ないで信ずる信仰

 皆さんお元気にお過ごしですか。今週一週間、この番組を担当させて頂きます、茨城県つくば市東、谷田部東中斜め向かい、筑波みことば教会牧師の小堀昇と申します。どうぞ宜しくお願い致します。

 さてイエスの前に、一人の中風の患者が運ばれてきました。
「大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった。」マルコによる福音書の2章で聖書は言っています。
 この人は重病人です。ですから、未だかつてイエスを見たこともなく、ましてや、その声を聞いたこともなかった人なのです。

 ですから、この中風の患者が自分の目で未だ見たこともなく、その耳で未だ聞いたこともないイエスの御力を、人々の噂や語る言葉を信じて、寝かされたままで行きたいと願ったのは、大変な信仰であったのです。
 イエスは、「見ずして信じる信仰は幸いである」とヨハネの福音書(20:29 参照)で言われましたが、この患者の信仰は正に「見ないで信じる信仰」でした。 

 現代に生きる私達は、目で見える、手で触れることができる、確かめることができる、そのようなものしか信じません。
 しかし、神を目で見ることはできないのです。イエスをまだ見ずして、癒しを求めてきたこの男の人、彼はイエスによって、完全に癒され、人生が変えられていきました。あなたも、目には見えない神を信じ、イエスを信じる時に、人生が新しくされていきます。

 神は目で見ることはできません。しかし、確かに存在されて、あなたの人生を新しくしようと願っておられます。
 どうか一回だけの人生80年、29200日、あなたも神を信じ、イエスを罪からの救い主、また人生の師と信じて、そこからあなたの新しい人生を歩み出してください。あなたの上に神様の祝福を、心からお祈り致しております。それではまたごきげんよう。


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