2018年4月15日(日) 親しい関係の中での祈り

 いかがお過ごしですか。川越教会の木村恭子です。今週はご一緒に「お祈り」について考えてまいります。

 「祈り」はなにもキリスト教の専売特許ではありません。日本にも「祈り」とか「祈願」という言葉があります。辞書を調べますと「神や仏に願い事をすること」とありました。日本人の祈りは「お願い」のイメージが強いですよね。しかし聖書にある祈り、教会での祈りは「お願い」だけではありません。聖書には、内容豊かな祈りがたくさんあります。

 では、キリスト教の祈りには、どんな特徴があるのでしょうか?いろいろあると思いますが、一番大きな特徴は、祈る対象である神と、祈っている私の関係です。聖書の神は、私という一人の人間と、人格的な関係を持ってくださいます。ですから、祈りは一方通行ではありません。

 旧約聖書には、「あなたの神」「わたしの神」という言葉がたくさん出てきます。新約聖書、ガラテヤの信徒への手紙3章26節にはこのような言葉があります。
 「あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。」

 ですからキリスト教の祈りは、なんだかよくわからない神と言われる存在に、ただ願いや希望を並べたてるわけではありません。神と私の間にある関係、それも親しい関係があって、そういう中で祈りの言葉が出てくるのです。


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