2009年1月24日(土)命のない偶像

おはようございます。石巻教会の白津景蔵です。以前、私の家の幼い次男が、或る時、お寺の仏像を見て大声でこれも偶像、あれも偶像、偶像がいっぱいだねと言いました。教会学校で教えられたことを憶えていて、見たものに素直に反応したので私はびっくりする反面、うれしくなりました。

さて、旧約聖書詩編115編4節から8節には「国々の偶像は金銀にすぎず。人間の手が造ったもの。口があっても話せず目があっても見えない。耳があっても聞こえず鼻があってもかぐことができない。手があってもつかめず足があっても歩けず喉があっても声を出せない。偶像を造り、それに依り頼む者は皆、偶像と同じようになる。」と記されており偶像礼拝の愚かさと、そのことがいかに力なく誤りで真の神の名を汚すものであるかを教えています。偶像とは、木や石や土や金属等を用いて神仏にかたどって作った像又はそれに類するものを言うのです。偶像には真の命がないのです。

現代人の偶像は富や名誉、名声、地位、教養、学歴等々たくさんあります。しかし、これらにも真の、命を見出すことは出来ません。私達は生きた人格をもち、命に溢れるキリストと出会い、祈りの交わりと語らいを通して神への信頼に共に生かされようではありませんか。