2009年4月25日(土)ものは言いよう

いかがお過ごしですか。ラジオ牧師の山下正雄です。
世の中、ものは言いようだなぁと思うことがしばしばあります。例えば、知り合いから何かに誘われたとき、「興味がない」とか「つまらない」と言って断れば角が立ってしまいます。しかし、「そんなお誘いは私にはもったいないです」と断れば、それほど相手も気を悪くすることはありません。あるいは、都合よく使い捨てるつもりで雇った社員でも、派遣社員だと呼べば、それなりに体裁が良くなります。ものは言いようで、過酷な現実も柔らかに聞こえます。

ところで「価値観の多様化」という言葉ほど、物事の本質を偽っている言葉はないと思います。「価値観の多様化だ」といわれてしまうと、もはやとりつくしまもないくらい、考えることを停止させてしまいます。黒を白と言い、悪を善と呼んでも、価値観の多様化という言葉の前では、手も足も出ません。
しかし、価値観の多様化とは何かといえば、結局は自分の思い通りに生きたいと思う人間の欲の追求以外の何ものでもないのです。

聖書は絶対の価値を教えるという点で、「価値観の多様化」を歓迎していません。もちろん、絶対的なのは神様だけですから、人間が自分の価値観が絶対であると言うことほど危険なことはありません。
しかし、価値観の多様化と言う言葉に惑わされて、絶対的なものに関心を失っているところに、わたしたちの悲惨さがあるように思うのです。