2014年12月27日(土) 希望の源である神

 おはようございます。盛岡教会の久保田証一です。

 わたしたちの生活は、一日、一週間、一ヶ月、一年といった単位によって繰り返されていきます。12月も終わりの頃になると、一年経つのは早いものだ、と思いますし、新しい年のことを思い巡らしたりもします。
 しかし、全ての人に希望に満ちた新しい年が必ず来る、というわけでもありません。誰でも、いつかは必ずその連続が途絶える時もきます。そして、この世に生きている限り、困難なことや試練がふりかかり、心配事や不安なことも起こってきます。

 けれども、神とキリストを信じる信仰においては、希望が無くなることはありません。わたしたちは聖書からそれを学ぶことができます。キリストの使徒であるパウロは書いています。「かつて書かれた事柄は、すべてわたしたちを教え導くためのものです。それでわたしたちは、聖書から忍耐と慰めを学んで希望を持ち続けることができるのです」(ローマの信徒への手紙15章4節)。そして神は、忍耐と慰めと希望の源である、とその後に続けて書いています(5、13節)。

 この放送を聞いておられる皆さんが、神を見上げて聖書に聞くとき、忍耐の意味を教えられ、そして慰めもいただけますように。そうして、確かな希望を持ち続けることができますようにお祈りいたします。