2013年8月22日(木)パウロ暗殺計画と神の守り(使徒23:12-22)

 ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 「暗殺事件」という言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべるのは、私の場合、ケネディ大統領の暗殺事件のことです。その時の私はまだ小学校に上がる前のことですから、事件そのものを直接記憶はしていません。キング牧師の暗殺事件は小学校5年生の時でしたが、これも、その時のニュースは直接覚えていません。
 そう思って20世紀以降の世界の暗殺事件を調べてみたら、両手両足の指を総動員しても数え切れない数の事件が起きていることに改めて驚きました。それらの事件の中には、陰謀を企んだ黒幕の存在がささやかれている事件も少なくありません。目的実現のために暴力的な陰謀を企む人間の罪深さを思います。
 さて、きょう取り上げる個所には、パウロに対する殺害の陰謀が企てられたことが記されています。

 それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書使徒言行録 23章12節〜22節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた。このたくらみに加わった者は、40人以上もいた。彼らは、祭司長たちや長老たちのところへ行って、こう言った。「わたしたちは、パウロを殺すまでは何も食べないと、固く誓いました。ですから今、パウロについてもっと詳しく調べるという口実を設けて、彼をあなたがたのところへ連れて来るように、最高法院と組んで千人隊長に願い出てください。わたしたちは、彼がここへ来る前に殺してしまう手はずを整えています。」しかし、この陰謀をパウロの姉妹の子が聞き込み、兵営の中に入って来て、パウロに知らせた。それで、パウロは百人隊長の一人を呼んで言った。「この若者を千人隊長のところへ連れて行ってください。何か知らせることがあるそうです。」そこで百人隊長は、若者を千人隊長のもとに連れて行き、こう言った。「囚人パウロがわたしを呼んで、この若者をこちらに連れて来るようにと頼みました。何か話したいことがあるそうです。」千人隊長は、若者の手を取って人のいない所へ行き、「知らせたいこととは何か」と尋ねた。若者は言った。「ユダヤ人たちは、パウロのことをもっと詳しく調べるという口実で、明日パウロを最高法院に連れて来るようにと、あなたに願い出ることに決めています。どうか、彼らの言いなりにならないでください。彼らのうち40人以上が、パウロを殺すまでは飲み食いしないと誓い、陰謀をたくらんでいるのです。そして、今その手はずを整えて、御承諾を待っているのです。」そこで千人隊長は、「このことをわたしに知らせたとは、だれにも言うな」と命じて、若者を帰した。

 先週はユダヤの最高法院で弁明の機会を与えられたパウロのことを取り上げました。そのお膳立てをしたのは、ローマ帝国の千人隊長の計らいによるものでした。
 これはパウロにとっても最高法院にとっても、どちらの側にも公平な機会でした。しかし、最高法院を構成するサドカイ派とファリサイ派の対立が激しくなったために、パウロには非常に有利な状況を生み出す結果に終わりました。もちろん、そうなることをパウロは見込んで、自分の立場を弁明するときにも、サドカイ派とファリサイ派が対立するようにこの機会を巧みに用いたパウロでした。

 さて、一夜明けた出来事が、きょうの場面です。夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた、とあります。その数は40人以上もいたとしるされています。
 この者たちはいったい何者なのでしょうか。事柄の経緯をさかのぼって見ると、そもそもパウロを捕らえて騒ぎを起こしたのは、アジア州から来たユダヤ人であったと使徒言行録21章27節に記されています。パウロの扱いについて一番の不満を持っているとすれば、彼らこそが一番不満であったでしょう。もちろん、もともと彼らがパウロを捕らえるようにと民衆を扇動したのには、パウロに対する悪い噂があったからです。民衆が簡単に扇動されたのも、このパウロについての悪い噂が相当広まっていたからでしょう。この噂に関しては、エルサレムの教会にも聞こえ、そのことでエルサレムのユダヤ人キリスト者が動揺することを、エルサレム教会の指導者が心配するほどでしたから、民衆の間に広くいきわたっていたことは確実です。

 そう言う意味では、パウロを殺そうと企む人物は、アジア州から来たユダヤ人に限らず、熱心なユダヤ教徒であれば誰でもあり得たと言えるかもしれません。

 彼らが秘密のうちに掛け合った相手は、「祭司長たちや長老たち」のところであったと記されています。おそらくは、最高法院を構成するサドカイ派の人々のところであったと思われます。というのも、前日の最高法院では、ファリサイ派はパウロを擁護する側に回ってしまったからです。

 その陰謀とは、パウロをさらに取り調べる口実をもうけて最高法院に呼び出し、最高法院に向かう途上で殺害してしまうという恐ろしい計画でした。

 ところで、総督フェリクス時代のエルサレムの状況が、ヨセフスの『ユダヤ古代誌』の中に記されていますが、それによると、短剣を懐に隠した「シカリ派」と呼ばれる派閥が暗躍していた時代でした(『ユダヤ古代誌』20:8:5)。このシカリ派は熱心党と同じように、ユダヤ教の中では過激な勢力で、武力によってでもユダヤの独立を目指そうと思うテロリストの集団でした。そういう人々の暗躍する時代でしたから、暗殺事件の陰謀ということは、そんなに珍しいことではなかったと思われます。ただし、ここに登場する40名以上の人々は、シカリ派や熱心党の人々ではなかったでしょう。というのは、彼らがローマ帝国寄りのサドカイ派と手を組んで何かをするとは思えないからです。もっとも、目的のためなら手段を選ばないのが罪人の常ですから、あるいは、共通の目的実現のために敢えてサドカイ派と手を組んだということも否定できません。そうであったとすれば、ここには人間のもっとも醜い心が現れていることになります。

 さて、この計画は、どこをどう経由したのか、詳しい次第は記されていませんが、パウロの姉妹の子供が知るところとなります。パウロに姉妹がいたという事実はこの記事を通して私たちは初めて知ることになるのですが、それよりももっと重要なことは、いったい、どうしてパウロの姉妹の子がこの事実を知り得たかと言うことです。パウロの姉妹の結婚相手がサドカイ派の陣営の人物だったのか、いずれにしても、その子自身が特別な情報を知りえる状況にいたということでしょう。

 この若者を通して、パウロを殺そうとするユダヤ人の陰謀が千人隊長の耳にもたらされ、パウロはユダヤ人の陰謀から守られることになります。

 使徒言行録の著者がこれらのことを通して、どんなメッセージを私たちに伝えようとしているのかは、もう少しこの出来事の顛末を見極めてから結論づけることにしたいと思います。ただ、パウロにとっては、今回もまた、「どんな被造物もわたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできない」という思いを強めたことでしょう。