2011年6月1日(水) シャロンのバラとは? 福岡県 I・Aさん

 いかがお過ごしでいらっしゃいますか。キリスト改革派教会がお送りするBOX190。ラジオを聴いてくださるあなたから寄せられたご質問にお答えするコーナーです。お相手はキリスト改革派教会牧師の山下正雄です。どうぞよろしくお願いします。

 それでは早速きょうのご質問を取り上げたいと思います。今週は福岡県にお住まいのI・Aさん、女性の方からのご質問です。お便りをご紹介します。

 「山下先生、こんにちは。先日、聖書を読んでいましたら、『シャロンのばら』という言葉が出てきました。別の聖書では『シャロンのサフラン』と訳されています。『バラ』と『サフラン』では全然違うと思い、ネットで調べてみると『シャロンのばら』は『むくげ』のことだとありました。一体どれが正しいのでしょうか。よろしくお願いします。」

 I・Aさん、お便りありがというございました。「シャロンのばら」という言葉は、聖書の中にただ一度、旧約聖書雅歌の2章1節に出てくる言葉です。I・Aさんのおっしゃる通り、口語訳聖書と新共同訳聖書では「シャロンのばら」ですが、新改訳聖書では「シャロンのサフラン」と翻訳されています。
 その他にも英訳聖書ですと、「水仙」「クロッカス」「牧草地の花」あるいは単に「花」と訳しているものもあります。

 「シャロンのばら」という言葉は先ほども言った通り、旧約聖書雅歌の2章1節にただ一度だけ出てくる言葉ですが、「シャロン」という地名は旧約聖書に七回、「ばら」と訳されている言葉と同じ単語は、雅歌以外にもう一回、イザヤ書の35章2節に登場します。「ハバッツェレト」という単語がそれです。

 ちなみにイザヤ書35章2節にでてくるその単語を、新共同訳聖書は「野ばら」と訳し、口語訳聖書と新改訳聖書は「サフラン」と訳しています。

 このように見てくると、ヘブライ語の「ハバッツェレト」が植物であることには間違いないとしても、それがどの植物を指しているのか特定しがたいのではないかと思われます。そうであればこそ、各国語に翻訳された聖書の中では、先ほども見たように、まったく違った植物の名前があてはめられているといった状況です。

 では、旧約聖書のギリシア語訳である七十人訳聖書ではどう訳されているのでしょうか。雅歌2章1節は「花」を意味する「アントス」という言葉が使われています。それに対してイザヤ書35章2節では「ゆり」や「野の花」を指す「クリノン」という単語が使われています。ここでもヘブライ語の「ハバッツェレト」の訳語は一定していません。

 こうなってくると、もはや特定の花と結びつけるのは困難としか言いようがありません。たとえば、「日本の花」という言葉から、ある人は桜をイメージし、ある人は菊の花をイメージするのと同じくらい、「シャロンのハバッツェレト」という表現は聴く人によってイメージが違う言葉のようです。

 雅歌の文脈の中では、それが可愛らしい野の花をイメージしていることは間違いありません。それが具体的にどんな植物なのかということよりも、その言葉が表現しようとしている可愛らしさの方が大切な要素です。

 もっともそうは言っても、雅歌の作者がこの言葉をここに使った時に、きっと具体的な花をイメージしていたはずですから、それが何であったのか、やはり気になるところです。

 ちなみに「バラ」がパレスチナに咲いていたのかどうか、という素朴な疑問があるかもしれません。もちろん、今日わたしたちがバラ園で見かける立派なバラの花は園芸用に品種改良されたものですから、そのようなバラの花が旧約聖書時代からパレスチナに咲いていたと考えることはできません。咲いていたとしてももっと原種に近いものであっただろうと考えられます。
 「シャロンのばら」という表現から、あまり期待を膨らませてはいけないような気がいたします。

 現在のパレスチナで見かける「バラ」には二種類あると言われています。わたしは現地に行って確かめたことがないので、植物図鑑の知識の受け売りですが、その二種類というのは、フェニキアバラとカニーナバラ(イヌバラ)の二種類です。イヌバラの方はうすいピンクの花で、真っ赤な実を結びます。それに対して、フェニキアバラの方は白いを咲かせます。

 もし、「シャロンのハバッツェレト」をどうしても「バラの花」と結びつけて考えるのであれば、このどちらかのバラのことを言っているのでしょう。ただし、「バラ」に相当する言葉が聖書の中に、登場することはこれ以外の個所ではありませんので、「ハバッツェレト」を「バラ」だと言いきってしまうのにはやはり躊躇してしまいます。

 確かに、旧約聖書外典として知られているシラの書24章14節には「エリコのばら」や39章13節には「流れのほとりに育つばら」などの表現がでてきますが、残念ながら、それらはギリシア語で記されていますので、本来ヘブライ語で記されていたとして、果たしてその単語がヘブライ語の「ハバッツェレト」かどうか確認するすべもありません。

 「ハバッツェレト」がフェニキアバラかイヌバラのことを指しているとする説に反対する人たちは、何よりもこれらの花が、可憐さを表現するには少し役不足と考えるからです。そして、これらのバラはさしてよい香りがするというわけでもありません。

 そこで、この「ハバッツェレト」という花を「水仙」と考えたり「クロッカス」と考えたり、るいは「サフラン」とする説が登場してくるわけです。お便りの中にも触れられていましたが、新改訳聖書では「サフラン」説が採用されています。

 「サフラン」も「クロッカス」もアヤメ科の植物で、とくに「サフラン」は黄色の染料として有名です。料理ではサフランライスやパエリアに黄色い色を付けるときに用いることで知られています。

 その他にも「シクラメン」説があることも本で読んだことがありますが、結局のところ、わずか二箇所にしか登場しないこの言葉を、いったい現代のどの植物と結びつけるのかは、植物学者にも聖書学者にも定説はないのかもしれません。