2006年7月23日(日)「新しい生き方」

 お早ようございます。高知教会の土田靖昭といいます。

 この放送を聞いて下さっている方で、まだ教会に行った事の無い方は、教会という所がどんな所で、どんな人が集まっているのだろうと思っているのではないでしょうか。

 私は昭和23年生れ、団塊の世代です。学生時代はラジオの深夜放送を聞いたり、アメリカのテレビ局がテレビ放送用につくった映画をよく見ていました。いろいろな番組がありましたが、その中でも幌馬車隊と西部劇が大好きでした。

 映画の内容は幌馬車隊が旅を続けてゆく中で家族や隣人とのトラブル、時にはインディアンとの激しい戦いがある。しかしそうした中でもお互いに愛し合い、結婚をし、出産そしてお葬式と、今の私たちと変らない日常が描かれていました。

 さまざまな困難、問題が起こってくる、それでも彼らを強く動かしている力とは、新しい土地に行って豊かな暮しを手に入れたい、その為には住み慣れた町を出発し、新しい土地西部を目差して幌馬車の旅を続けて行く。

 この情景は団塊の世代が背負わされた生き方のように思えるのです。時が流れ、私も58歳になり、クリスチャンとして生活しています。私が出席する教会も幌馬車に乗った人や家族が集まって高知教会という幌馬車隊をつくって旅をしています。

 仕事も違うし年令も違う、考え方も微妙に違う個性豊かな集まりです。映画と同じように時にはトラブルを経験することも少なくありません。しかし映画と違うのは教会幌馬車隊は、お互い兄弟姉妹という関係にあります。もちろん皆それぞれに両親があり家族があります。しかし教会の頭であり、私たちの救い主であるイエス・キリストを父として信じる故に、私たちは兄弟姉妹と呼びあうのです。

 かって私は映画の幌馬車隊と同じ目的で旅をしていました。しかし今は違います。それは私が選んだというより神様から与えられ示されたものです。神様から示された道を旅し、旅を終えた時、どんな約束がまっているのか、新約聖書ヘブライ人への手紙11章8節以下にこのように記されています。

 「信仰によって、アブラハムは、自分が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召し出されると、これに服従し、行き先も知らずに出発したのです。信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束された受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。それで、死んだも同様の一人の人から空の星のように、また海辺の数えきれない砂のように、多くの子孫が生れたのです。この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。」

 この放送を聞いて下さっている皆様、皆様も幌馬車に乗って、天の故郷を求めて私たちと一緒に新しい旅に出ませんか。