2006年7月30日(日)「別れ道」

 お早ようございます。高知教会の土田靖昭といいます。

 今朝は映画のお話しをしたいと思います。ジャガイモ畑で夜明けから日暮れまで、汗まみれ、泥まみれになって働く若く貧しい夫婦の話です。

 毎日どんなに働いても貧しい暮しから抜けだすことができない、そこで夫は町に出て働きたいと妻に相談します。しかし妻はどんなに貧しくても二人で暮らすほうがいいと、夫の意見に賛成しません。

 ある日夫は村を出てしまいます。町に出た夫は一生懸命働きます。しかし町の生活に慣れてくると、目にするものに心を引かれ、やがて夫は町に出て来た目的を忘れ、華やかな都会の生活の中に埋没してしまいます。

 長い時間が流れ、夫はお金も車も手に入れ、綺麗な服を着て妻のいる村に帰って来ますそこで夫が目にしたのは、汗まみれ、泥まみれになりながらも笑顔で働く妻の姿でした。夫が町に出て手に入れたものでは、何一つ、二人の隔たりを埋めることができなかったのです。これが「わかれ道」という映画の荒筋です。

 今、団塊の世代が一斉に定年を迎えることについて、日本経済に及ぼす影響がいろいろと報道されています。団塊の世代がこれまでの経済の中心であったように、定年後も大きな影響を与える存在であることは確かです。高収入、高学歴と、他の人と比較することで生きて来ました。しかし団塊の世代がどのような老後を選ぶかによって、これからの世代の人達の人生をも左右しかねない大きな別れ道に立たされていると思うのです。

 旧約聖書創世記13章8節以下聖書にはこのように記されています。

 アブラハムはロトに言った。「わたしは親類どうしだ。わたしとあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも争うのはやめよう。あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう。」

 聖書は続けてこう記しています。「ロトと別れた後、アブラハムに主は見えるかぎりの土地を永久にあなたとあなたの子孫に与えると約束して下さったのです。」土地を選ぶとき優先権のあったアブラハムは、その権利を年下のロトに譲った、その行為を主は豊かにかえりみて下さったのです。

 ある作家が本の中で語っています。これからの日本社会にヒントを与えてくれるのは、経済学でも政治学でもない、宗教であると。宗教というとあまりに大きな括りになるかも知れません。つまり一人一人の生き方を、これからはこの世の物差しで見ないということです。この世の物差しで見れば、主の園のように潤った土地を選ぶのがあたりまえのことです。しかし後に聖書はロトのいた土地を滅ぼしてと記されています。主の思いと人間の思いの違い、これが旧約聖書を通して一貫した真理です。

 神様との関係が正しくされたとき、社会とのかかわり方も違った目で見えるようにされるのです。そうなった時、今までの人生と違った生き方が見えて来ます。それはこれまでのように金銭的に豊かにされることではないかも知れません。でもこれまでの人生が自分の力だけではなく、他の人たちによって支えられていたという感謝の気持を知ったとき、これからの人生に違った力と希望がわいてくるのです。

 教会はこの世の物差しで人を比較することはしません。教会は聖書のみことばに従って生きようとする者の集まりです。まもなく定年を迎えようとしておられる方、すでに定年を迎え毎日の生活に不安をおぼえておられる方、又、道を求めて迷っておられる若い方もどうか一度教会に来て下さい。心から歓迎いたします。