2007年9月23日(日)灯に照らされた人生(お話:岡本惠)

私たちが、夜、道を歩くとき、ネオンがあちこちに輝いているという町の中では、余り暗さを感じることがないかもしれません。しかし、裏通りに入ると、そこは暗い道があります。
ネオンがあちこちに輝いている町の中でもそうなのです。街灯も少なく、夜になるとほとんど人気がなくなる道の場合はどうでしょうか。うっかりすると、溝に足を取られるかもしれないのです。
小さい頃の私は、いつもそんな体験をしていました。あるときには、月の光や星の光を頼りに、夜道を家まで帰ったことがあります。そのようなときには、自転車の明かりや、懐中電灯の光を見ると、ほっとしたものです。

このように、実際の夜道を歩くときにも、光は大切なものです。しかし、この光は、私たちの人生にとっても同じように大切であることが、詩篇119編105節でこのように語られています。「あなたの御言葉は、わたしの道の光、私の歩みを照らす灯。」

ここには、私たちの人生が、一つの暗い道にたとえられています。夜道に光がなければ、安全に歩くことができないのと同じように、私たちの人生にも光が必要なのだ、と語っているのです。
私たちは一人一人、さまざまな人生を歩んでいます。誰一人、他の人と同じ人生を歩む人はいないのです。私は双子ですから、性格も顔も双子の兄と良く似ています。同じ服装をすれば、どちらが兄か弟か、区別がつかないかもしれません。
しかし、それでも二人の人生は同じではないのです。それぞれが別々の人生を歩んでいるのです。ある時には、それぞれの人生において、違った悲しみと痛みを感じているのです。どこに人生の一歩を踏み出したら良いのか、そのように迷うことさえあるのです。
灯がなければ、私たちは安心して、人生を歩むことができないのです。私たちにとっては、一足一足が、安全な場所に置かれているということが大切なのです。
そして光があれば、足を降ろそうとする場所には、堅い石がない、突き出た釘もない、削り取られた穴もない、そのことが分かるのです。
ですから、人生の道が暗いと思える時には、その道を照らす光が必要なのです。聖書は、その人生の道の光について「あなたの御言葉は、わたしたちの道の光」と語っているのです。
わたしたちの人生の道を、安全に照らし出すのは、「あなたの御言葉」、すなわち、「神様の御言葉」だと聖書は語っているのです。その御言葉こそわたしたちの歩みを照らす灯だ、と言うのです。

あなたは、さまざまな悩みの中を歩いておられるでしょうか。人には言えない苦しみを味わっておられるでしょうか。暗い人生だと感じておられるでしょうか。しかし、大丈夫です。なお、あなたの人生を照らす光はあるからです。あなたの歩みを照らす灯はあるからです。どうか、あなたも、神の言葉という光に照らされて、人生の道を歩んでくださいますように。