2009年4月26日(日)祈りあう教会

おはようございます。山下正雄です。
わたしが洗礼を受けて間もないころ、教会の宣教師の発案で「祈りの鎖」というのが始まりました。教会員同士がお互いのために祈りあうためです。「祈りの鎖」という名前の由来は、丁度鎖のように教会員同士が祈りによって一つに繋がっているイメージからでしょうか。
どんなことをするのかというと、みんなに祈って欲しい祈りの課題を連絡網でまわして、それぞれが自分の都合のよい時に祈るという、ただそれだけのことです。
自分のことをあまり語りたがらない日本人には、それほど馴染めなかったのか、長くは続かなかったように記憶しています。

ただそれでも、日曜日にしか会うことのできない教会の人たちのことを色々と思いながら一週間過ごすのは、洗礼を受けて間もないわたしにはとても良い刺激となりました。
17、8の頃と言えば、そんなに世間のことを知っているはずもありません。社会人が経験すること、主婦が経験すること、夫や妻や父親や母親が直面するであろう様々な問題など、日ごろ考えたこともありません。自分のことで精一杯で、想像できたとしても自分と同い年の友だちのことぐらいです。それも自分を基準にしたものの見方でしたから、今から思うと友だちのことすら十分に理解できていたとは思えません。
そんな17、8の高校生です。回ってくる祈りの課題は、どれも新鮮であると同時に重たくもありました。物事の本質がどこにあるのかよくわからないままに、それでも一生懸命に祈りました。かなえられた祈りもありました。かなえられなかった祈りもありました。たとえかなえられなかったとしても、失望したりバカバカしいと思ったことはただの一度もありませんでした。むしろ、教会員みんなが一致した思いで、一つのことを祈っている、という気持ちの方が心に強くありました。
宣教師が発案した「祈りの鎖」という活動は長くは続きませんでしたが、それ以降も、祈りの内にお互いのことを思う気持ちはずっと続いていました。

聖書を読むと、教会というところは、そもそも祈る人たちによっていつも動いていました。
キリスト教会が誕生する時、残された弟子たちと何人かの婦人たちが集まって熱心に祈っていたと聖書には記されています。迫害にもくじけずに大胆に福音を語りつづけることができるようにと祈りました。新約聖書の使徒言行録の中には、その後もことあるごとに祈る教会の姿が描かれています。
教会が祈る教会であるのはそもそもイエス・キリストご自身が祈りの人であったからです。イエス・キリストは弟子たちのために祈りました。やがて弟子たちを通して一つの群れとなる教会のためにも祈りました。十字架に架けられてもなお祈りました。
教会にはこの祈ってくださるイエス・キリストの姿勢が受け継がれているのです。
だれでも、放っておけば自分のことを一番に考えるのは当然の成り行きです。しかし、祈ることで、心や目がずっともっと広いところに向けられます。世界に心が開かれるとは言いませんが、少なくとも自分のすぐ周りの世界のことに無関心ではいられなくなるのです。

教会はなによりも地域の中にある教会です。同じ地域に住む人々のために祈りたいと願っています。きょう、祈って欲しい祈りの課題がありましたら、ぜひとも教えてください。あなたのために聖書の神に祈りたいと思います。