2011年8月21日(日) 一番大切なこと

 おはようございます。高知教会の久保浩文です。

 最近は教会にも、「おじいちゃん、おばあちゃん世代」が増えてきています。もちろん、見た目ではなく、お孫さんがいるという意味ですが、中には「おじいちゃん、おばあちゃん」などととても呼べないほどお若い方もおられます。そんなおじいちゃん、おばあちゃんたちの大きな楽しみは、離れて暮らすお孫さんたちの顔をみることでしょう。夏休みや大型連休ともなると、帰省してくる子供や孫を迎える準備に大忙しです。家の掃除や布団干しから始まって、何を食べさせてあげようか、どこへ連れて行ったら喜ぶだろうか、と頭も体もフル回転です。いよいよ迎えたお孫さんは元気いっぱいエネルギーにあふれていて、相手をするのもなかなか大変です。「またおいでね」と送り出したあとは、寂しさ半分、ほっとする気持ちも半分、「孫は来て良し、帰って良し」とは、昔からよく言ったものです。

 大事な人をもてなす気持ちは昔も今も変わりません。聖書にもこんな話があります。イエス・キリストは十二人の弟子たちを連れて、主として、ガリラヤ地方の町々、村々を巡り歩いて神の言葉を語る伝道旅行をしておられました。今日のようにホテルや旅館が完備しているわけではないので、イエス一行を迎え入れてくれる家を定宿にして、束の間の休息をとって、次の働きのための活力を養っていました。
 ある時、イエスの一行がベタニアという町に入りました。ここには、マルタとマリアという姉妹が住む、イエスが定宿にしている家がありました。姉のマルタがこの家の女主人でした。旅の疲れを抱えて到着したイエスをもてなそうと、食事や洗濯や明日の旅立ちのための心配りに忙しく立ち働いています。よく気がつくマルタには、イエスのためにして差し上げたいことが次から次へと湧き出てくるようです。旅から旅を続けてゆっくりと休む暇もないイエスにとって、この奉仕がどれ程大きな慰めとなったことでしょうか。
 そのうちに、あれもこれもと思って働くマルタはだんだん思い通りに事が運ばなくなってきて、焦りはじめました。ふと見ると、妹のマリアはイエスの足元に座りこんでお話に聞き入ったまま動こうとしません。どうして手伝ってくれないのか、自分がこんなに忙しくしているのに、まだすることが山ほどあるのに。なぜマリアは動かないのか、それを見てイエスさまは何ともお思いにならないのか。ついにマルタは不満を口に出してしまいます。すると、イエスはこうお答えになりました。「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」(ルカ10:41、42)。マリアが選んだ「良い方」とは、まず、イエスの言葉に聞き入るということでした。

 わたしたちが、この地上において何をなすにおいてもまず第一にしなければならないことは、わたしたちの命の源であられる神の言葉に耳を傾けることです。わたしたちは神の言葉を聞くことによって、心身にまことの慰めと安らぎを得ることができるのです。イエスはもちろん、マルタの奉仕に感謝されていたでしょう。しかしその前に、各地で語られてきた神の言葉の恵みをマルタにもまず受け取ってもらいたい、と思われたのです。愛するこの姉妹にも、ご自分がその使命として語られる神の恵みの御言葉を与えたい、それが何よりの喜びだったのです。

 神の言は、あなたにも語られています。少しの間手を止めて、御言に耳を傾けてください。きっとあなたの心に明日への勇気を与えてくれることでしょう。