2017年1月1日(日) 新しい人生

 新年あけましておめでとうございます。高知市上町4丁目にあります、日本キリスト改革派高知教会の小澤寿輔です。

 私たちはこれまで歩んできた2016年に別れを告げて、2017年を迎えました。新しい年をあなたはどのような気持ちで迎えられたでしょうか。
 多くの方が、心を新たにして新年をスタートされたことと思います。
 中には、昨年の自分を反省して、新しい自分になることを決心した方がおられたかもしれません。あるいは、昨年にはできなかったことを、今年こそはやろうと決心した方がおられたかもしれません。
 何か新しい目標を持つ、新しいテーマを自分に与える、新しいチャレンジをするなど、新年を迎えるというのは、昨年までの古い自分にわかれを告げ、新しくなることを期待する、そういう節目のときと言えるのではないでしょうか。

 けれども、一年の初めに決心をして色々と目標を掲げても、初めは頑張れたけど、途中で挫折してしまった、達成できなかった、人生が全く変わらなかったという経験はないでしょうか。
 私は、そういう経験を何度もしました。そういうときに思うのは、人間の力には限界があるので、自分の力に頼るなら、結局は変われないということです。

 ではどうすれば、人は変わることができるのでしょうか。
 今朝の御言葉に耳を傾けてみましょう。

 「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」コリントの信徒への手紙二5章17節の御言葉です。
 前半の「キリストと結ばれる人」とは、別の言い方をすれば、「イエス・キリストを自分の救い主と信じて、自分の人生の中心にお招きする人」のことです。そういう人は誰でも「新しく創造された者なのです」とあります。
 天と地を創造された唯一まことの神が、自分の内側も外側も、丸ごと新しく造り変えてくださるのです。

 するとどうなるのでしょう。御言葉の後半には、「古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」とあります。
 まず、古いものが過ぎ去ります。私たち人間は、「あんなことをしてしまった、あの人を傷つけてしまった、もう取り返しがつかない」といった、過去に犯してしまった罪の記憶と共に生きています。そしてそれらを消すことができず、いつまでも悩まされ続けます。
 しかし、その罪を告白して、イエス・キリストの十字架は私の罪を赦すためであると信じて受け入れれば、暗い過去の罪はすべて赦されます。そして、良心の呵責は去り、心は平安と喜びで満たされます。
 それだけではありません。今まで自分を苦しめていた孤独、劣等感、自己嫌悪、挫折感、暗い過去、心の傷、悪習慣など、そういう自分を苦しめる一切のものからも解放されて、新しい人生が始まります。心に平安と喜びが溢れてきます。
 そうなると、自然と生活習慣も聖いものになっていき、言葉や行いが愛を動機としたものに変っていきます。

 このように、イエス・キリストは、人を造り変えます。それは、神の御手によって完全に造り変えられる変化です。一部を改善するとか修正するのではなく、身も心も、内側も外側も、丸ごと、完全に生まれ変わるのです。

 今朝このラジオを聞いているあなた、今年こそは、キリストを心に受け入れる決心をして、全く新しい人生を出発してみませんか。