2010年3月9日(火)満ち足りる心−牧者の祈り−

アンデルセン童話に「足のわるい子」というお話があります。アンデルセンが自分でもたいそう気に入って、自分の童話を締めくくる最後の作としたいと考えたほどだったといわれています。何度読んでも飽きることない作品です。
お話の中に、足の不自由な男の子ハンスが両親にお話を読んであげる場面があります。両親は、なんと世の中は不公平だといつもボヤいているのです。ハンスが読んであげたお話は、「苦労も不自由も知らない男」というお話。ある国の王様が病気になりました。治すには、「苦労も不自由も知らない本当にしあわせな人」が着ていたシャツを着るよりほかにないということです。そこで世界中の国々に使いを出してあらゆるお城やお屋敷で楽しく豊かに暮らしている人たちのことを捜し歩きます。ところがどうでしょう?すごいお金持ちも誰一人として苦労や不自由を経験しない人はいなかったのです。ところが土手に腰をおろし歌を歌っていたブタ飼いが「俺は一番しあわせな人間さ。」と言います。「それならお前のシャツをゆずってくれ。」と使いの者が言うと、なんとブタ飼いはシャツ一枚も持っていなかった!というのです(アンデルセン童話集2山室静訳・偕成社文庫より)。

「しあわせって?」と聞かれた時、あなたはなんと答えるでしょうか?ある方がTVの番組で「満ち足りる心」で生きること、と話していました。その時思いました。そうです。毎朝「満ち足りる心」をいただけるように牧師達は祈ってくださっていると。私たちはキリストの羊ですから祈られ守られてているのです。キリストの教会につながる大切さがここにありますね。
キリストの枝として生かされる私たち、ヨハネ福音書15章5節には、「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」とイエスさまが語られています。キリストに繋がっていなさいとすすめられています。これは何と幸いなことなのかと。
それぞれの教会の牧師たちはしっかりと自分に与えられた羊たちのために祈り、羊を支えてくれています。キリストにしっかりと繋がって生きぬくこと、そこに満ち足りる心をいただき、豊かに実を結ぶ人生があります。キリストの枝として生きて、私は確かにその幸いの素晴らしさを実感してきました。あなたもイエスさまの恵みをいただいて、うそ偽りのない「満ち足りる心」をいただいてくださいますように。そして、その心をいただくために、まず自分の罪と悲惨を知ること、そこから救われる道、主イエス・キリストを信じること、そして、救われた感謝と喜びの生活をいただけることをキリスト教会で学んでください。

「主なる神様、きょうもしもべに託されたキリストの羊や子羊をお守りください。善き業に励んでみ栄えをあらわし、むくいの食物をいただき、神を喜んで隣人を愛し、満ち足りる心を学んでみずから幸福でありますように。試練や苦しみにあったときには、キリストに結ばれた深い信仰を学んで、さらに祝福された信仰の奥義へと導いてください。また願わくは、耐えられない試練から逃れる道をも備えてください。しかし、たとえそうでなくとも、主の十字架と復活に結ばれた信仰は、必ず苦しみを経て希望を見出すことを確信させてください。」(1テモテ6、1コリント10、ダニエル3)(上福岡教会「牧者の祈り」より)  くまだなみこ