2010年4月3日(土)マルコ15章 苦しみを受けてくださる救い主


三時にイエスは大声で叫ばれた。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マルコ15:34)

 主イエスが十字架につけられたとき、それを見た人びとは「他人は救ったのに、自分は救えない」(31節)と嘲りました。「十字架から降りて自分を救ってみろ」(30節)と罵りました。しかし、主イエスは、ご自分を救わなかったからこそ、他者を救うことができました。十字架から降りなかったからこそ、全人類の救い主なのです。

 主が十字架につけられたのは、神から呪われて死ぬためでした。「キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました」(ガラ3章13節)。私たちの罪が、主を呪いの死へと追いやり、主をして「エロイ、エロイ…」と叫ばせたのです。

 私たちは、今も日々、自らの罪に苦しみ続けています。しかし、主が私たちの代わりに罪の裁きを受けてくださいましたので、本来呪われ滅びるべき私たちに、罪から解き放たれて生きる道が開かれました。主は、かくも苛酷な御苦しみを受けてまで、私たちを赦し救おうとしておられます。この主イエスに、心からの感謝と賛美をささげましょう。