2010年11月7日(日)詩編77編 神の御業を思いめぐらす


あなたの働きをひとつひとつ口ずさみながら
あなたの御業を思いめぐらします。
神よ、あなたの聖なる道を思えば
あなたのようにすぐれた神はあるでしょうか。(詩編77:13-14)

 御言葉とは、語り継がれてきた聖なる言葉です。元気な時はそのように確信できても、信仰の挫折を経験する時、神に見捨てられたような思いになり、御言葉をまともに聞けなくなるかもしれません。その時は、まさに信仰の危機です。

 けれども信仰者は、あくまで御言葉から離れません。御言葉は、かつて語りました。神はイスラエルを羊のように導いて、大水の中から救い出し、ご自分の民とされました、と。信仰者が、御言葉を聞き続け、「わたし」から離れて「あなた」の御業へと心を向ける時、御言葉は、新たに語ります。イスラエルが海を渡った時と同様に、神は今も御力をもって、私たちのために道を開いてくださる、と。

 信仰者は、必ず、礼拝の中で命を吹き返します。昔から語られていた御言葉のなかに、今の自分の居場所を再び見出します。それが、神の民たちが思いめぐらし、追求し続けてきた、御言葉の道です。御言葉から御言葉へ、祈りから祈りへと、主なる神は、今も、民を牧し続けておられます。