2013年3月6日(水)創世記34章 本気で心配してくれる家族


「困ったことをしてくれたものだ。わたしはこの土地に住むカナン人やペリジ人の憎まれ者になり、のけ者になってしまった。こちらは少人数なのだから、彼らが集まって攻撃してきたら、わたしも家族も滅ぼされてしまうではないか。」(創世記34:30)

 エサウと別れてヨルダン川を渡ったヤコブ一行は、カナンの地に入るやいなや事件に巻き込まれます。それは、思わず顔をおおい、耳をふさぎたくなる出来事でした。強い者が弱い人を力ずくでねじ伏せ、欲望のままに相手の人間としての尊厳を奪っただけでなく、自分の行為を正当化するために善人を装う、卑劣な男が現れたのです。

 夢も希望も奪われた上に、決して望まない縁組まで迫られたディナは、命だけは助かったものの、とても生きた心地はしなかったでしょう。本気で心配してくれる家族がいたことが、彼女にはせめてもの慰めであったかもしれません。

 それにしても、ディナの兄たちの行動もまた、過剰なものであったと言わねばなりません。「自分で復讐せず、神の怒りに任せなさい」(ロマ12章19節)との勧めに耳を傾けることなく、復讐心に自らをゆだねてはなりません。たとえ相手に百パーセント過失があり、報復することが正当に思われても、それが度を越すとかえって自らを危うくする事実を、聖書は物語ります。