2014年8月6日(水) エレミヤ21章 命の道と死の道


「あなたはこの民に向かって言うがよい。主はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。この都にとどまる者は、戦いと飢饉と疫病によって死ぬ。この都を出て包囲しているカルデア人に、降伏する者は生き残り、命だけは助かる。」(エレミヤ21:8-9)

 バビロンの王ネブカドレツァルがエルサレムを包囲して、まさに攻撃が始まろうとしていました。

 ユダ王国の最後の王であるゼデキヤ王は、祭司ツェファンヤをエレミヤに遣わします。王はあらゆる望みが断たれて、最後にエレミヤを頼みとしました。王はかつてヒゼキヤ王が敵からイザヤの助けによって救われたように、エレミヤによって救われるかもしれないと考えたのです。

 エレミヤは王に、「この都はバビロンの王の手に渡され、火で焼き払われる」(10節)と主の言葉を語りました。エレミヤは、民には「見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く」という主の言葉を語ります。死の道はエルサレムに留まることであり、命の道は都を出て、敵に降伏することでした。バビロンの王の背後には神がおられ、彼に降伏することが神につくことでした。一見、死の道と見える捨て身の道が実は命の道であり、城に立てこもって命を守ろうとする者はその命を失います。

 私たちも主イエスのため、福音のために自分を捨てるという命の道を選びたいと願います(マコ8章34節)。