2016年1月16日(土) ルカ7章 もう泣かなくともよい


主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と言われた。そして、近づいて棺に手を触れられると、担いでいる人たちは立ち止まった。イエスは、「若者よ、あなたに言う。起きなさい」と言われた。すると、死人は起き上がってものを言い始めた。イエスは息子をその母親にお返しになった。(ルカ7:13-15)

 主イエスがナインの町の門に近づくと、ある母親の一人息子が死んで、棺が担ぎ出されるところでした。やもめである母親の愛する一人息子、しかも「若者」です。自分の身体をもぎ取られるような深い苦悩と悲しみ、失望の闇の中を、町の人々に付き添われて、やもめは泣きながら歩いています。

 主はこの母親を見て、憐れに思い、「もう泣かなくともよい」と声をかけます。棺に触れて「起きなさい」と言うと、死んだ息子は起き上がりました。頼まれて行った奇跡ではありません。母親を憐れむ心から若者をよみがえらせ、「母親にお返しになった」のです。

 愛する者たちが共に生きることを望まれた主は、私たちの病や痛み、罪を引き受けて、神との平和と永遠の命を得させてくださいます。主にあって愛する者と死別した場合、御国での再会という慰めがあります。生きながら離別の悲しみを味わい、共に暮らしながら心の通わない苦しみに遭う時にも、主は深い憐れみの心で「もう泣かなくともよい」と慰めてくださいます。主に知られていない悲しみはありません。むしろ主は私たちの悲しみを御自身のものとして担い、今日も共に歩んでくださいます。