2016年2月27日(土) テトス2章 信仰だけでなく、生活も


しかし、あなたは、健全な教えに適うことを語りなさい。…あなた自身、良い行いの模範となりなさい。…そうすれば、わたしたちの救い主である神の教えを、あらゆる点で輝かすことになります。(テトス2:1-10)

 神を知っていると公言しながら、行いではそれを否定している偽教師たちを非難しつつ1章を終えたパウロは、「しかし、あなたは、健全な教えに適うことを語りなさい」とテトスに言います。聖書の教えに適って、信仰と共に、生活についても大胆に語りなさいということです。それで、パウロは、年老いた男女や、若い男女、奴隷に対して、信仰者に望まれる信仰生活について具体的に述べます。

 けれども、生活の面について語ることは簡単なことではないでしょう。相手を傷つけ、悲しませるかもしれないし、また、嫌われるかもしれないので、かなりの勇気が必要です。パウロもコリント教会を戒めたとき、コリント教会の信徒たちを悲しませたのではないかと心配しました。しかし、後悔はしませんでした。なぜなら、「神の御心に適った悲しみは、取り消されることのない救いに通じる悔い改めを生じさせ」るからです(2コリ7章10節)

 信仰者は行いによって、救われるわけではありません。しかし、救われた者は、行いによって、神の教えである聖書を、あらゆる点で輝かすことになるのです。