2018年8月14日(火) 出エジプト17章 主はわれわれの間におられるのかどうか


彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」と言って、モーセと争い、主を試したからである。(出エジプト17:7)

 モーセと主に不平を述べ立てていた人びとは、今度はのどの渇きに我慢できなくなり、「飲み水を与えよ」と言いました。主はモーセに岩を杖で打つようお命じになり、モーセが打つと水が出て、飲むことができました。

 食べ物と飲み物は人間にとって、なくてはならないものです。しかし、人びとがそのように不平を述べたのは、主を試すことにほかなりませんでした。「果たして、主は我々の間におられるのかどうか」という問いには、主が今まで成し遂げられたことを信仰によって受け止めていなかったことがあらわれています。

 私たちの信仰を顧みてみましょう。私たちは、礼拝のたびに「神は我々と共におられる」という真実な約束を再確認しています。私たちは、その約束を信じて礼拝をささげ続けています。私たちも、「私たちの内に主はおられる」という告白が口先だけのものにならぬよう、このイスラエルの民の疑いの言葉を戒めとしたいものです。

 主の民の間に、確かに主はおられます。この約束が真実であると今日までずっと証しし続けている聖霊の恵みに、私たちは依り頼みます。