2018年11月3日(土) エレミヤ16章 真の神を知るために


見よ、わたしは多くの漁師を遣わして、彼らを釣り上げさせる、と主は言われる。(エレミヤ16:16)

 エレミヤは、おおよそ多くの人に許されている日常的な生活の営み(2〜8節)さえ、神から禁止されました。なぜなら、イスラエルの土地はすでに神から見離されて明るい未来がないからです。待っているのは一切の喜びや活力の失われた虚しい世界であるからです。エレミヤには、その世界を体現することが求められました。

 そうして描かれる「神なき世界」は、現代の私たちの知らないところではないはずです。生きる喜びが日々の生活から失われ、将来の希望も持てないで、ただ戦争や災害に怯える時代は繰り返し私たちのもとを訪れます。それを聖書は「神を締め出した世界」、「神が見離した世界」だと語ります。神こそが人間を生かす活力であり、すべての良きものの源であるからです。

 イスラエルに審判が下されるのは、諸国の民に対して生ける真の神が証しされるためです。その時に、裁きを受けた民が再び先祖の土地に戻ります。出エジプトによる民の選びと救いが再び起こるとの約束です。御子イエスのもとに漁師たちが集められて福音の宣教が開始されて以来、救いを表す主の名が地の果てに至るまで告げ知らされます。