2005年12月11日(日)涙と喜び」(詩編126:5-6)

 おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。

 今朝は旧約聖書詩編の第126編の言葉です。

 「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は 束ねた穂を背負い 喜びの歌をうたいながら帰ってくる」

 この詩編の言葉には、農夫の姿が描かれています。涙を流しながら種を蒔く農夫です。種の袋を背負って、泣きながら出て行く農夫の姿です。いったいどんな状況なのでしょう。飢饉や不作に見舞われて、苦しみの中で種をまいているのでしょうか。種を蒔く労苦が自然の猛威のために再び無駄に終わってしまうかもしれません。そんな不安を抱いている農夫なのでしょうか。

 しかし、ここで歌われているのはただ絶望した農夫の姿ではありません。たしかに、今は苦労の中で種を蒔いている農夫です。しかし、近い将来、この苦しみにまさる収穫が約束されている農夫の姿です。

 もちろん、この農夫の姿はイスラエル民族の歩みをたとえたものです。苦しみの中に明るい希望が約束されています。しかし、これは「苦あれば楽あり」という教訓ではありません。神が苦しみや悲しみに応えて下さるのです。それが旧約聖書の民イスラエルが学んだことでした。

 神は苦しみある世界、涙を流して苦しむ人々を放っておられるのではありません。今もキリストを通して、希望を語って下さるのです。

 それではきょうもあなたの上に主の平安が豊かにありますように。