ご機嫌いかがですか。勝田台教会の安田恵嗣です。
ヨハン・セバスチャン・バッハの『マタイ受難曲』は、私の好きな作品のひとつで、キリストのご受難を覚える季節になると、よく聴く作品です。
これは新約聖書にありますマタイによる福音書に基づいてキリストの受難を取り扱っています。特に、主イエスが十字架につけられる前に、ゲッセマネの園において祈られる場面があります。
テノールが歌います。「私は私のイエスの傍らで目覚めていたい」。これは、主イエスが「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい」と言われた言葉に応えて歌われるものです。
そして、合唱が静かに歌を添えます。「そうすれば私の罪は眠り込む」。十字架を前にして悩みの中にある主イエスに対する愛を込めて歌われます。
しかし実際、弟子たちはこの時、疲れ果てていたのでしょうか、眠りこけてしまいました。主イエスが、私たちの罪のために戦っておられることを弟子たちは分かりませんでした。私たちは、祈られている主イエスの傍らで目覚めていたいのです。そうすれば、罪のほうが眠り込んでしまいます。私たちの罪を眠り込ませるために、主イエスの傍らで目覚めていたいものです。