ご機嫌いかがですか。勝田台教会牧師の安田恵嗣です。
今日も、初めに聖書の御言葉を読みます。新約聖書のコリントの信徒への手紙二第8章1節、2節です。
「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです」。
貧しさが豊かさとなったというのであります。貧しさそのものがあふれ出て、与える豊かな富となったというのです。貧困そのものが変わるのです。その秘密を明らかにするように、この手紙を書いたパウロは、このように9節で述べています。
「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」。
主が貧しくなられたというのは、主の十字架の死に至るまでのことを言っています。そして、私たちが豊かになるというのは、物質的な豊かさではなくて、キリストによって救われた者であることを明らかにしています。わたしたちを生かす秘密は、主イエス・キリストの十字架の救い以外にはありません。あなたも、今、あなたを生かす主の恵みを受け取りませんか。