いかがお過ごしですか。新所沢教会の長石です。
今年の3月のことです。我が家で飼っていた猫のコロが、突然交通事故で死んでしまいました。月曜日に所沢市のごみ清掃車が、自宅付近の道路で横たわっている猫の死骸を回収し処理したとの情報を、4日後の金曜日になって知ったのです。毎日、昼も夜も家内とともに探し続けた結果のことだけに、家族の一員を失った悲しみで、しばらくは思い出すたびに涙がこみ上げてきて止まりませんでした。そんな時慰められたのは、ヨブ記1章21節の御言葉でした。
「わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。」
ヨブが失ったものは、私が失ったものより遥かに多く、また重いものでしたが、その中で彼は主の御名をほめたたえたのです。ただし私が慰めを得たのは、ヨブという信仰者に臨んだ苦難と比べて、自分の方が軽いからとの理由によるのではありません。むしろ「主は与え、主は奪う」という単純な事実に納得したからです。私たちは自分の命を含めて、すべてのものを主から頂いています。つまり与えられるのが主であるなら、それを奪うのも主である以上、「主にあって私は何も失っていないのだ」との信仰が、私たちを慰めるのです。生ける主を信じ、主にあって歩みたいものです。