熊田なみ子のほほえみトーク 2011年10月25日(火)放送

熊田 なみ子(スタッフ)

熊田 なみ子(スタッフ)

小さな朗読会146「イスラエル人の反逆」(「母と子の聖書」旧約上49章)

 モーセは民に神様の言われたこと、すなわち、民が神様を疑ったので、約束の地を見ることの許されないことを告げました。この恐ろしいニュースを聞いて、人々はどんなに嘆いたことでしょう。もう一度、あの忌まわしい荒野に戻らなければならないのでしょうか。これだけ苦労してここまで来たのに、約束の地を見ないでしまうのでしょうか。人々は、自分たちの天幕で一晩中嘆きました。

 朝早く、彼らはモーセのところに来て「私たちは思い直しました。約束の地に行きます。私たちは罪を犯しました。」と言いました。しかし、彼らはその罪を本当に悔いてはいませんでした。ただ、神様からの罰がいやだったのでそう言ったまででした。モーセは、「今になって思い返してももう遅すぎます。神様はあなた方のうちにおられません。」と警告しました。しかし、民はモーセに耳をかしませんでした。
 彼らはアマレク人やカナン人の住んでいる山の頂上に登りました。イスラエル人が山に登って来るのを見て、アマレク人やカナン人は急いで集まり、弓矢で彼らを打ちました。ちょうど怒った蜂の群れが敵を追うように、イスラエル人を山の下まで追い返しました。神様がイスラエル人を助けないので、彼らは敵に立ち向かうことが出来ませんでした。

 イスラエル人はようやく、神様が共に行かれないので、カナンの地に入ろうとしても無駄であることに気づきました。そこで彼らは、回れ右して荒野に戻りました。彼らは戻りたくありませんでした。そして皆、非常に不機嫌でした。彼らは自分たちの悪かったことを認めないで、全ての不都合をモーセとアロンのせいにしました。ある者は、モーセが指導者であることを嫌がって反逆しました。

 コラという人と、ダタンというもう一人、それにアビラムという人は、モーセに従わないことを申し合わせました。彼らは自分たちだってモーセに劣らないと思ったのです。彼らは250人の者を集めて、モーセとアロンに対する反対運動を起こしました。そして、皆揃ってモーセとアロンのところへ行き、モーセとアロンが他のものより別段偉くもないのに、実権を握りすぎていると言って責めました。
 コラとその部下は、モーセが彼らの生命を救ったことを忘れていました。神様は二度も反逆的なイスラエル人を殺し、モーセと共に新しい国民を立て始めようとされたのに、モーセがへりくだって、イスラエル人を憐れんでくださいと神様に懇願したので神様はイスラエル人を赦しておられるのです。この時もモーセは怒りを表しませんでした。翌日になれば神様が誰を選ばれたかをお示しになるでしょうと答えました。そして、「レビの子たちよ。あなた方こそ分をこえている」と言って彼らの言葉を返しました。

 神様はこれらの人をレビ人にされたのに、この悪い人たちは、今度は祭司職もほしいと言い出したのです。しばらくあとで、モーセはコラ、ダタン、アビラムを呼び寄せました。しかし、彼らは荒野に戻らなければならないというので、モーセに対し非常に反発していました。そして、彼らは「私たちは行きません。あなたは楽しいエジプトの地から私たちを導き出して、荒野で私たちを殺そうとしている。その上、あなたは私たちに君臨しようとしている。あなたは私たちを乳と蜜の流れる地に導いていかず、畑やブドウ畑をし業として与えもしない。私たちは行きません。もうあなたに従いません。」と言いました。モーセは憤慨し、神様に慰めを求めに行きました。
 モーセは、「彼らの供え物を顧みないでください。私は彼らから、ろば一頭も取ったことがなく、また彼らのひとりをも害したことはありません。」と神様に言いました。それから、モーセはコラに「明日あなたがた250人は、おのおの火皿を取ってそれに火を入れ、その上に香を盛りなさい。アロンも火皿に火を盛り、その上に香を置く。神様は、あなたとアロンのどちらかを選ばれます。」と言いました。
 翌日、コラと彼につく250人が火皿を持って幕屋の入り口に来た時、モーセは、イスラエル全員も集まるように言いました。おそらく心の中でモーセに反発し、コラに同情したイスラエル人たちもまだまだ多くいたことでしょう。突然、主の栄光、あのまぶしい輝きが全会衆にあらわれました。主はモーセとアロンに「あなた方はこの会衆を離れなさい。私は直ちに彼らを滅ぼす」と言われました。

 モーセとアロンは、主の前にひれ伏し、人々のために祈りました。主は、一人の人の罪のため全部の民を怒られるのですか、と。神様は、コラ、ダタン、アビラムの天幕からみな離れるように命じられました。人々がみな離れると、ダタンとアビラムは、その妻や子供達と一緒に天幕の入り口に立っていました。コラもいました。 
 モーセは、民に、もしこの人々が普通の人のように死んだなら、自分は主に遣わされていない。しかし、主が何か新しいことをされたら、例えば地が口を開いて彼らをのみつくしでもしたら、これらの人々は間違っており、神様が彼らをただちに罰せられたことがわかると言いました。
 ちょうどその時、彼らの立っている地面が大きくさけました。そして、コラやそこにいたものは、女も子供もわめきながらその天幕や持ち物全てと一緒に、その裂け目に落ちていきました。地面は再び彼らの上にふさがってしまいました。民は恐れおののいてその場所から逃げ去りました。自分たちものみつくされるのを恐れたのです。
 次の瞬間、天から一筋の火が下って、コラと一緒にいた250人の人を皆焼きつくしてしまいました。神様がどうしてダタンやアビラムの妻や幼い子供まで殺されたか、皆さんは不思議に思うでしょう。心の罪深くないものまで神様が殺されなかったことは確かです。神様は全知の裁判官で、必ず公正にことを裁かれます。これらの人たちは、おそらく大分前から、自分たちがモーセを憎んでいることを家での話などで言っていたのでしょう。そしておそらく、その妻たちも悪口を言っていたのでしょう。あるいはモーセに反逆するよう言い出したのが妻の方だったかもしれません。また、こういうことを聞いた子供達も心の奥底ではモーセを憎んだのでしょう。それに神様は時々、父や先祖の罪の罰をその子や孫におくだしになることがあります。ただしコラの息子たちは死にませんでした。

 モーセを憎んだことが一番重い罪なのではありませんでした。イスラエル人を導いていたのはモーセではありません。神様です。モーセは神様の僕(しもべ)にすぎません。イスラエルの民をパロをしてエジプトから出させたり、紅海の水を流れ返させたり、シナイ山でイスラエルの民に天から語ったり、マナを与えたりした神様の素晴らしい御業を見ていながら、民を導いているのは神様ではないと誰が言えるでしょう。コラや彼に従った者が、まだこのことを認めていなかったことは、はっきりしています。あれだけのことを神様がしておられるのに、彼らはまだ神様を畏れ、愛し、神様に従うことを学び取っていませんでした。また会衆の中にも本当にまだ信仰心がなく、神様を礼拝していないものが多くいたようです。

 というのは、このすぐ翌日から、彼らはモーセとアロンを責めて、「あなた方は主の民を殺した。」と言っています。どうしてこんなことが言えたのでしょう。これで多くの者が心の中で本当に神様を礼拝していなかったことがはっきりわかります。神様を礼拝している人なら、この反逆者たちを殺したのはモーセではなく、神様であったことに気づいたはずです。
 しかし、民がモーセとアロンを責めているとき、主の栄光が再び幕屋の上にあらわれました。主はこの不従順の民を滅ぼすから、そこを離れるようにとモーセとアロンに命じられました。モーセとアロンは、またイスラエル全部を滅ぼさないようにひれ伏して主に求めました。モーセはアロンに「急いで火皿を取って火を入れ、その上に香をもって、会衆のもとに持っていって、彼らのために罪の贖いをしなさい。主が怒りを発せられ、彼らを罰するために疫病が既に始まったからです。もう死んでいっているから急ぎなさい。」と言いました。
 アロンは急いで火皿を用意し、贖いをするため民の間を走りました。アロンは既に死んだ者と、なお生きている者との間に立つと疫病は止みました。しかし、このわずかの時間の間に、14700人の者が疫病で死にました。神様は公正です。心の中で罪を犯していないものは、一人として、この14700人のうちにはいませんでした。神様はイスラエルの中から、神様の前に正しい心を持たない人を除かれ、こうしてご自身の民を清められました。残った者は本当に神様を愛し、心から神様を礼拝する者たちでした。  くまだなみこ

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