あさのことば 2012年6月12日(火)放送    あさのことば宛のメールはこちらのフォームから送信ください

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

野島邦夫(国立聖書教会牧師)

メッセージ: キリストの十字架(2)罪の代償

 いかがお過ごしでしょうか、国立聖書教会の野島邦夫です。
 今週のテーマは、イエス・キリストの十字架の死の意味です。イエスは紀元30年ごろ、罪はなかったにもかかわらず十字架刑に処せられました。なぜ、イエスの十字架の死は人を救うことができるのでしょうか?しかも、当時の人たちだけではなく、わたしたちをも。

 様々な側面があります。今日はしばしば説明に使われる「罪の代償」の面を考えます。人は聖書によって教えられなければ、自分の罪を深く考えません。しかし、意識していなくても、人は刻々神の意思に適わないことを思い・行い、神に対して罪を犯し続けています。それは負債のように大きくなっていきます。やがて清算の時、わたしたちは例外なくその負債の大きさに押しつぶされてしまうでしょう。キリストの十字架の死は、すべての人のすべての罪に対する神の裁きを、代わりに引き受けてくださったものです。神の子イエスは生涯罪無く生きられましたから、彼の命にはその価値があります。このキリストによる罪の埋め合わせに、自分の無力を認めて寄りすがることがキリスト教信仰です。その時、人のすべての罪はキリストに免じて赦されます。

 この説明には説得力があり、十字架の最も大切な側面を捉えています。しかしあまりにも法的手続きのようで、これがすべてではないでしょう。更に他の面があるにちがいありません。

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