キリストへの時間 2013年7月28日(日)放送 キリストへの時間宛のメールはこちらのフォームから送信ください

山下正雄(ラジオ牧師)

山下正雄(ラジオ牧師)

メッセージ: なぜキリスト教を

 おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
 「どうしてキリスト教を信じるようになったのですか」と尋ねられることがよくあります。この質問にどうやって答えたら良いのか、戸惑うことがあります。それは、いったい何のためにその問いを尋ねるのか、その意図がよくわからないことがあるからです。
 わたしのことを理解しようとして尋ねているのか、それとも、会話に途切れてただ質問しただけなのか、あるいは、キリスト教を信じるわたしを馬鹿にしようとして、上げ足をとるきっかけを得るために質問しているのか、同じ質問でも、その質問を問いかける動機が様々だからです。

 しかし、きょうは誰かから聞かれたわけでもなく、わたしのペースで、自分がなぜキリスト教を信じるようになったのか、お話ししたいと思います。世界にはキリスト教を信じている人たちが大勢いますが、信じるようになったきっかけが実にさまざまだということを知っていただきたいからです。

 そもそもわたしが初めてキリスト教に出会ったのは、わたしがまだ4歳ぐらいの時のことでした。1961年の頃だと思いますが、日曜日の午後になると、どこからかトランペットを持ったキリスト教の伝道師がやってきて、子供たちにキリスト教のお話をしていたのが最初です。大した娯楽もない時代でしたから、何も考えずにその集会を楽しんでいました。
 それから次にキリスト教と出会ったのは、子ども向けのキリスト教の大きな集会が町の公会堂であったからでした。わたしの記憶が正しければ、学校のほとんどの友だちが参加していました。小学校1年か2年の時の思い出話です。
 しかし、それからキリスト教に触れるという経験は全くと言ってよいくらいありませんでした。今から思い返してみると、あの当時の日本のキリスト教人口は0.7パーセントに満たない数でしたから、そんな中で二度もキリスト教に接する機会があったというのは驚くべきことかもしれません。
 しかし、その2回の出会いは、その後のわたしにとってほとんど何も影響を与えたとはいえませんでした。敢えていえば、キリスト教の存在を心の片隅に植えつけられたのかもしれません。その後どこへ行っても、教会の建物が目にとまったり、友だちがキリスト教徒だと聞けば、特別な関心を抱いたからです。

 わたしにとってキリスト教を信じる決定的なきっかけとなったのは、聖書そのものとの出会いです。しかし、わたしは最初からキリスト教を知ろうとして聖書を手にしたわけではありませんでした。まったく違った動機で、何気なく手にして読み始めた聖書でした。
 確かに中学を卒業したばかりの当時のわたしは、将来についての夢も希望も見えてこない不安な時代を過ごしていました。しかし、だからといって聖書やキリスト教に助けを求めようとして聖書を手にしたわけではありません。
 おかしな言い方かもしれませんが、わたしが聖書を書棚から取り出して、わたしの勝手な動機で読み始めたはずなのに、気が付いたらすっかり聖書のペースにはまってしまったというわけです。
 今振り返ってみれば、それは、世界の創造主であり、歴史を導かれる神との出会いということだと思います。そういう神についてのイメージも考えもなかったわたしには、それが強烈なインパクトでした。
 きっとこの番組を今耳にしておられる方も、たまたま耳にしたこの番組かもしれません。しかし、いつか聖書を手にして、ご自分で聖書の神と出会う経験をされますようにと、心から願っています。

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