聖書を開こう 2013年10月24日(木)放送    聖書を開こう宛のメールはこちらのフォームから送信ください

山下 正雄(ラジオ牧師)

山下 正雄(ラジオ牧師)

メッセージ: 望みの消えゆくときにも(使徒27:13-26)

 ご機嫌いかがですか。キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 旅の途中で、天候不順のために命の危険を感じるという経験を持った人はそう多くはいないのではないかと思います。大昔と比べれば、正確な気象情報と安全な交通機関が発達した証拠です、それでも、急な気象の変化でひやっとした思いをした人はいるかもしれません。
 わたし自身、初めての船旅が春の嵐に巻き込まれて、25時間で着くべきところが6時間近くも余計にかかった経験があります。その航路が始まって以来、こんなに遅れたことは初めてのことだと後で聞きました。それでも、どんなに大揺れの中を進んだとしても、船が沈む心配はありませんでした。
 使徒言行録の中に出てくるパウロという人は、難船したことが三度、一昼夜海上を漂ったことが一度という経験の持ち主ですが(2コリント11:25)、きょうこれから取り上げようとしている箇所は、その数に加える新たな経験です。

 それでは早速今日の聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は新約聖書使徒言行録 27章13節〜26節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ。しかし、間もなく「エウラキロン」と呼ばれる暴風が、島の方から吹き降ろして来た。船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができなかったので、わたしたちは流されるにまかせた。やがて、カウダという小島の陰に来たので、やっとのことで小舟をしっかりと引き寄せることができた。小舟を船に引き上げてから、船体には綱を巻きつけ、シルティスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて海錨を降ろし、流されるにまかせた。しかし、ひどい暴風に悩まされたので、翌日には人々は積み荷を海に捨て始め、三日目には自分たちの手で船具を投げ捨ててしまった。幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた。人々は長い間、食事をとっていなかった。そのとき、パウロは彼らの中に立って言った。「皆さん、わたしの言ったとおりに、クレタ島から船出していなければ、こんな危険や損失を避けられたにちがいありません。しかし今、あなたがたに勧めます。元気を出しなさい。船は失うが、皆さんのうちだれ一人として命を失う者はないのです。わたしが仕え、礼拝している神からの天使が昨夜わたしのそばに立って、こう言われました。『パウロ、恐れるな。あなたは皇帝の前に出頭しなければならない。神は、一緒に航海しているすべての者を、あなたに任せてくださったのだ。』ですから、皆さん、元気を出しなさい。わたしは神を信じています。わたしに告げられたことは、そのとおりになります。わたしたちは、必ずどこかの島に打ち上げられるはずです。」

 皇帝への上訴がかなえられたパウロが、ローマに向かって船旅を続ける様子を前回に引き続いて取り上げています。
 カイサリアを出発して、北上した船はシドンに立ち寄った後、キプロス島の北を回ってミラにたどりつき、そこでパウロたちは船を乗り換えてイタリアを目指します。しかし、航海に適した時期も過ぎ、逆風に阻まれながらも何とかクレタ島までたどりつきました。そこまでが、前回取り上げた道のりです。
 こうまとめてしまうと、ほんの数行ですが、距離にしてざっと1400キロを越える距離です。これでまだやっと半分来たか来ないかといったところです。しかも、航海技術が進んだ時代の話ではなく、日本で言えば、弥生時代の話、倭奴国王(わのなのこくおう)が後漢の光武帝から金印を授かった時代の話です。東西の歴史をこう比較すれば、少しはイメージが具体的になるかもしれません。

 さて、大多数の意見に従って、船をさらに進めることにした一行は、おりからの南風に誘われて「良い港」と呼ばれる場所を後に、島の南岸沿いにもう少し西のフェニクス港を目指して出航します。それがきょうの記事の始まりです。
 ところが、静かに吹いていた南風も、島から吹き降ろすエウラキロンと呼ばれる暴風に変わり、たちまち船は流されるがままに進むしかなくなります。クレタ島の沖合40キロのところに浮かぶ小島、カウダ島の島陰にまで流されたとき、なんとか体勢を整えたのも束の間、暴風は収まるどころか、結局のところ、翌日には積荷を海に投げ捨て、さらにその次の日には船具さえも海中に放棄せざるを得なくなる有様です。それでもなお風は収まるどころか、太陽も星も見えない中を船は地中海を漂うことになります。

 使徒言行録はこのときの様子を「ついに助かる望みは全く消えうせようとしていた」と記します。これは決して誇張ではなく誰もがそう感じたに違いありません。ただでさえ暗い海には恐れを感じますが、太陽も星も見えない中を暴風に煽られて海上を漂う恐怖と言ったらどれほどのことでしょうか。

 誰が乗りあわせても危機的な、このような状況では、誰一人として希望を語ることはできないでしょう。船の操縦には長年訓練を積み重ねてきた船乗りたちが、自分たちの手で船具さえも投げ捨てなければならない状況です。しかも、長い間食事さえ口にしていないのですから、体力も失われて行きます。このような危機的な状況の中で、パウロは御使いによって告げられる神からのことばを確信し、人々を励まします。

 その確信の中心は、神がパウロをローマ皇帝の法廷の前に立たせてくださる、というものでした。皇帝の前に立つことが神の御心であるならば、自分も、自分と共に乗り合わせた人々も、必ず助かるという確信です。

 昔、ニネベの町に行くようにと命じられた預言者ヨナは、その神の命令に背いて、ニネベとは正反対のタルシシュへと船で向かいました。そのために、同じ船に乗り合わせた人々は嵐にあって、命を危険に晒すような目にあったということがありました。

 パウロはそれとは正反対です。パウロはただ神の御心のままに福音を伝えて、人生を走ってきました。この皇帝への上訴も、パウロの願いであると同時に、それは福音をあまねく伝えるようにと命じる神の御心に従うという思いから出たものでした。
 そうであればこそ、パウロは自分の命の安全を確信したばかりではなく、共に船に乗り合わせた人々の無事をも確信して希望を与えることができたのです。

 クリスチャンはある意味で、この世の人々と同じ船に乗り合わせ、人生の旅路を共にする旅の仲間です。そのような旅路を苦難が襲う時にも、この世に対して希望を語ることができる確かな信仰を持ち続けるものでありたいと願います。

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