月刊誌リジョイス 聖書日課 2014年9月7日(日)

詩編68編 わたしの王

神よ、あなたの行進が見える。
わたしの神、わたしの王は聖所に行進される。
歌い手を先頭に、続いて楽を奏する者
おとめらの中には太鼓を打つ者。
聖歌隊によって神をたたえよ
イスラエルの源からの主を。(詩編68:25-27)

 神は、貧しく、力のない私たちと、どのような時も共にいてくださいます。聖書はしばしば、その貧しく、力のない私たちと神との関係を、神の民と「王」との関係で譬えています。

 私たちの人生には、さまざまな苦難や悲しみが襲ってきます。しかし、そのような中でも私たちは魂の平安を保つことができます。それは私たちがどのような時にもひとりではなく、どのような時にも王なるお方が共にいてくださるからです。

 私たちは、ちょうどエルサレムの街の中で生活している民のようなものなのかもしれません。私たちは街の通りを歩く時も、いつもひとりではありません。そこには絶えず王なる主イエスが共におられます。私たちはその街のスーパーへ買い物に行くときも、職場で働いているときも、ひとりではありません。そこにも絶えず王なる主イエスが共におられるのです。礼拝に行くときも、病気のために礼拝に行くことができなくてもひとりではありません。そこにも王なる主イエスが共にいてくださいます。

 インマヌエルの主の御名をほめたたえます。

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