月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年3月26日(木)

イザヤ15章 ただ主の憐みだけが救い

モアブについての託宣。
一夜のうちに、アルは略奪され、モアブは滅びた。
一夜のうちに、キルは略奪され、モアブは滅びた。(イザヤ15:1)

 きょう最初に目にした聖書の言葉が、滅びについての託宣であったなら、その日一日あまり気分の良いものではありません。そこには何の希望も見いだせないからです。しかし、これを私たちへの警告であるととるならば、意味があるかもしれません。

 きょう取り上げたイザヤ書15章に限って読めば、モアブがなぜそのような目に遭わなければならないのか、少しも理由がわかりません。モアブの人たちが自分よりも罪深く、その行いが、主の目にかなわなかったので、このような災難に見舞われていると想像することはできるでしょう。しかし、主イエスがおっしゃるように、災いに遭う人々は他の人々よりも罪深いからだと思うべきではありません。むしろ真摯に悔い改めることが私たちに求められています(ルカ13章1節以下)。

 モアブの滅亡を預言したこの託宣に、希望を失うかもしれません。しかし、神は別の預言者エレミヤを通して、こうも語っています。「しかし、終わりの日に、わたしはモアブの繁栄を回復すると、主は言われる」と(エレ48章47節)。

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