月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年5月13日(水)

イザヤ38章 泣いたヒゼキヤ

命ある者、命ある者のみが
今日の、わたしのようにあなたに感謝し
父は子にあなたのまことを知らせるのです。
主よ、あなたはわたしを救ってくださった。
わたしたちは命のあるかぎり主の神殿で
わたしの音楽を共に奏でるでしょう。(イザヤ38:19-20)

 ヒゼキヤ王は、歴史に残る善い王でした。38、39章には、このヒゼキヤ王の晩年の出来事が記されています。

 彼は死の病にかかりました。預言者イザヤが王を見舞い、主から示された御言葉を告げました。「あなたは死ぬことになっていて、命はないのだから、家族に遺言をしなさい(新改訳では、「家を整理せよ」とあり、遺産相続の手続きのこと)」と(1節)。

 ヒゼキヤ王は、死にたくないと主に祈りました。3節には「涙を流して大いに泣いた」とあります。主は彼の祈りを聞き入れてくださり、イザヤによって、15年の延命が告げられました。このことを通して、ヒゼキヤの信仰はいよいよ深くされました。ヒゼキヤは歌を歌います。「主よ、あなたはわたしを救ってくださった」と。

 私たちもいつかは死を迎えます。ヒゼキヤにとっては、死が先に延ばされたことよりも、苦しみの中で主のご存在と憐れみを一層深く味わい知ったことが重要でした。私たちも涙にくれることがあります。しかし、主は涙を歌に変えてくださいます。愛する兄弟姉妹と共に歌うことができるのです。

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