月刊誌リジョイス 聖書日課 2016年3月22日(火)

ヨブ7章 無垢な願い

人間とは何なのか。
なぜあなたはこれを大いなるものとし
これに心を向けられるのか。なぜ、わたしに狙いを定められるのですか。なぜ、わたしを負担とされるのですか。なぜ、わたしの罪を赦さず悪を取り除いてくださらないのですか。(ヨブ7:17,20-21)

 わたしの目にあなたは価高い(イザ43章4節)。神が、私たちを愛し、大切な存在として見つめていてくださることに勇気を抱きます。

 しかし、ヨブは苦悩の中で、神がそういうふうに人間を大いなるものとして見つめ、心を向けられることに、不可解さと重さを感じ取るようになっています。ヨブは理解していました。わたしの命は風にすぎないと(7節)。それほどに人間の生涯は短く、軽いものであると。神がわざわざ本気になって目を留めるに値しない存在、それが人間であるはずでした。そして、そうであるならば、人間が犯した罪も神にとって些細なことであるはずでした。しかし、神は人間の罪を重大に受け止め、激しい怒りを燃やされる。それがヨブには解りません。自分が神の負担となってしまっている。愛する神の偉大さを自分が傷つけてしまっている。それが、ヨブには辛く、耐え難いことになりました。

 ヨブが願うことは今、病から回復することではありません。ひたすらに自分が神の負担とならないようにということです。辛ささえも神への無垢な告白となり得る。ヨブの願いが教えてくれます。

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