月刊誌リジョイス 聖書日課 2018年8月 8日(水)

マタイ18章 われらの罪をも赦したまえ

そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。7回までですか。」イエスは言われた。「あなたに言っておく。7回どころか7の70倍までも赦しなさい。」(マタイ18:21-22)

 何度まで他の人を赦すべきかと、ペトロは主イエスに尋ねました。当時の律法では同じ罪について3回まで赦しました。ペトロは7回と言うのです。これで十分だろうと彼は思ったはずです。

 しかし、よく考えてみると、指を折って数えているうちは、その人を本当には赦していません。主イエスはここで無限に赦すようにおっしゃいました。他の人からされた悪いことを書きつけるノートが、私たちの心の中にあるのではないでしょうか。主イエスはそのノートを破り捨てるようにと言われるのです。

 きょうの箇所の続きで、主イエスは、自分は赦されながら仲間を赦さない家来が裁かれるたとえ話を語っておられます。私たちは神に赦された者として、他の人を赦すように招かれているのです。

 人には他者の失敗や罪を喜ぶ暗い心があります。インターネット記事に対して批判や中傷が殺到することを〈炎上〉と言います。私たちは主から大きな罪を赦された者として、憎しみの火事を消すのです。そのようにして神から受けとった赦しを他者に手渡すように招かれています。

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